Port Cities in the Asian Ocean World Principles of Multi-ethnic Coexistance
店屋と四合院
Shophouse & Courtyard House
アジア海域世界の港市 ―異文化共生の原理―店屋と四合院
布野修司・趙冲編
京都大学学術出版会 2026年

はじめに
世界は,いま,大きく転換しつつある.
第二次世界大戦後の世界を規定してきた冷戦構造が崩壊(ベルリンの壁崩壊(1989 年
11 月),ソ連邦の崩壊(1991 年12 月))して以降,本格的にグローバリゼーションの時
代が到来する.ヘゲモニーを握ったのはアメリカ合衆国であり,世界随一の軍事力を
背景にアメリカ合衆国によって世界が主導されていく時代が開始された.アメリカ合
衆国のヘゲモニーは,しかし,21 世紀に入って,9.11(2001)の同時多発テロ,イラ
ク戦争(2003)によって揺らぎ始める.そして,リーマンショック(2008)が世界経
済に深刻な打撃を与えた.
その一方で,大きく抬頭してきたのが中国である.北京オリンピック(2008),上
海エクスポExpo(2010)を成功させ,中国が国内総生産GDP で日本を抜いて世界第
2 位となったのは2010 年である.そして,アメリカ合衆国にアメリカ・ファースト
を唱えるD. トランプ政権が誕生すると(2017~2021),イギリスのブレグジットBrexit
など自国第一主義を唱える経済ナショナリズムが世界各地で顕著になる.また,民主
主義(自由主義諸国)vs 権威主義(中国,ロシア他)という新たな世界秩序の構図が鮮
明に浮上してきた.
「一帯一路」vs「自由で開かれたインド・太平洋」という経済圏の囲い込みをめぐ
る対立構図がそれに重層する.世界経済のヘゲモニーをめぐる米中の対立構造は,こ
れからの世界史を大きく規定していくことになるが,これに割って入るかのように,
ロシア連邦のウクライナ侵攻が開始された(2022.02.24~).第三次世界大戦を引き起
こしかねないこの暴挙の背景には,プーチン大統領の,強大であったソビエト連邦時
代さらにはロシア帝国再興の夢があるとされるが,共通に問われているのは世界資本
主義の行方である.
中国が「一帯一路Yídài yílù」と呼ぶ広域経済圏構想「丝绸之路经济带和21 世纪海
上丝绸之路」(One Belt, One Road Initiative, OBOR)を提案したのは,2014 年のアジア
太平洋経済協力APRC 首脳会議である.それに対して,日本が「自由で開かれたイ
ンド・太平洋戦略」を提唱したのは,2016 年の第6 回アフリカ開発会議(TICADVI)
においてである.
「一帯一路」とは,正式名称が示すように陸路の「シルクロード経済ベルト」=[一
帯]と中国沿岸部から東南アジア,南アジア,アラビア半島,アフリカ東岸を結ぶ海
路の「海上シルクロード」=[一路]の2 つのルートをいう.すなわち,アフロユー
ラシア全体に及ぶ壮大なる経済圏構想である.大モンゴルウルスがユーラシア大陸を
連結し,明・永楽帝の鄭和艦隊がインド洋を横断し東アフリカ東岸までも往復した歴
史を想起させる.
これに対して,日本の「自由で開かれたインド・太平洋戦略」は,「質の高いイン
フラ」整備等により域内の連結性を高めることなどを通じて,法の支配に基づく自由
で開かれた海洋秩序を維持・強化することをうたう.日本の『外交青書』(2017)は,
海域を「国際公共財」というが,かつて海域は,「無主」の場所で,「自由」に行動可
能な領域であった.しかし今や,陸域の国家の支配は海域はるかにも及び,領海,接
続水域,国際海峡,群島水域,排他的経済水域……等々を国連海洋法条約(海洋法に
関する国際連合条約)が規定し,いわゆる「公海」は大幅に狭められ,陸域の支配は大
きく海域に及んでいる.
帝政ロシアへの回帰を思わせるロシアのウクライナ侵攻は,西欧世界の海外進出に
よる世界分割戦の歴史を想起させる.インターネット,SNS が世界を瞬時に繋ぐ一
方,複雑なサプライ・チェーンによる物資の海上輸送が世界各地の日々の生活に直結
していることが改めて認識される.先立ってコロナCovid―19 の蔓延がある.グロー
バリゼーションがもたらすものの限界が露わになり,新たな秩序が求められているこ
とが痛感されてきた.そうした中で,Make America Great Again(MAGA)を掲げるド
ナルド・トランプが第47 代米国大統領に再選された(2025~29).世界最大の軍事力
を持ち,他民族の移民国家であり,民主主義のモデルとされてきたアメリカ合衆国が,
自国第一しかも白人重視,不動産屋的経済取引(ディール)を第一原理とする国際政
治を混乱に巻き込みつつある.
いささか大風呂敷の前口上であるが,本書は,もとより,新たな世界秩序のあり方
を真正面から問うわけではない.この間の海域研究を背景として,「アジア海域世界」
―― 中国のいう[一路],日本のいう[自由で開かれたインド・太平洋]―― の歴史
を港市に焦点を当てて振り返る試みとして構想された.
本書の編者は,この間いくつかの研究テーマ,研究フレームを仮構しながら,アジ
アを中心として様々な都市―― そのなかには多くの港市が含まれる―― について臨
地調査を積み重ね,その成果をいくつかの著書にまとめてきた.しかし,振り返って
みると,これまで焦点を当ててきた都市は基本的に「陸域」の都市であり,「陸域」
の視点からみた都市であった.しかも,王権の所在地である都城に焦点を当てて,そ
のコスモロジカルな秩序を問題にするものであった.いわば「帝国」「大国」の視点
である.イスラーム都市のように,都市ネットワークもテーマにしてきたが,ネット
ワークの全体(中心と周縁)がひとつのコスモスを形成していることが前提であった.
「海域」からみた都市,とりわけ「陸域」と「海域」の接点に位置する港市に焦点を
当ててみると,どういう世界の構図が描けるのか,そういう基本的な問いが本書の基
底にある.
本書が意図するのは,「アジア海域世界」そして「港市」を対象として,「港市」の
基本特性を明らかにするとともにその地域性と多様性を生む原理を明らかにすること
である.その前提として,アジア海域世界の代表的港市について,その起源,形成,
変容,転成の過程を,臨地調査を基にして都市組織(アーバン・ティッシュurban tissues,
urban fabrics),すなわち,都市の形態あるいは空間構成(街路体系,街区構成,住居形式
……)に焦点を当てて明らかにしている.
海は本来「無主」の場であり,「自由」の場であった.そして,港市は,外部から
来る多様な人々に対して,身の安全,滞在の自由,自治的裁判権,物の保管.貯蔵と
交換の自由などを保証し,この中立性が様々な人間を集合させ,物・情報を交換する
ことを可能にしてきた.港市の自律性,交易・契約の自由,多様性の許容,多民族共
住といったルール,原理,システムを生んできた.いま,Web3.0 と言われるネット
ワーク社会について議論される分散型自立組織DAO(Decentralized Autonomous Organization)
に通じる,その原型が浮かび上ってくるのではないか.港市を大きく特徴づけ
るのは,出自を異にする様々な民族集団の棲み分けの原理であり,異文化共生の原理 である.















































コメントを残す