『ジードルングの思想と集合住宅――日本の過去・現在・未来』02

ジードルングと団地

田 中 辰 明

写真-1 ブリッツ・ジードルング、馬蹄形住宅(ベルリン市ブリッツ、ブルーノ・タウト設計、ユネスコ世界文化遺産

ジードルングという言葉は、単に住宅の集合体を指すものではない。それは近代という時代が、自らの内部に抱え込んだ社会的課題――とりわけ都市への人口集中、労働者の居住環境、衛生、そして新しい共同体のかたち――に対して、どのように応答しようとしたかを示す、ひとつの思想の結晶である。したがって、ジードルングを語るとき、私たちは建築の形式のみならず、その背後に横たわる社会理念や生活観にまで視線を向けなければならない。

ドイツ語の「Siedlung」は本来「入植地」あるいは「開拓地」を意味する言葉であったが、20世紀初頭、とりわけ第一次世界大戦後のドイツにおいて、この語は新しい意味を帯びるようになる。急激な都市化と住宅不足の中で、国家や自治体、あるいは協同組合が主体となり、計画的に整備された住宅地――それが近代的なジードルングである。そこでは、単に住戸を供給するだけでなく、光と空気と緑を取り込んだ健康的な環境が重視され、居住者の生活全体が設計の対象とされた(写真-1)

この点において、ジードルングは日本のいわゆる住宅団地とは、似て非なる存在である。日本の団地もまた、戦後の高度経済成長期における住宅不足の解消という社会的要請に応じて生まれたが、その基本的な性格は、量的供給を優先する合理的な住宅生産システムにあった。均質な住戸が反復され、効率的に配置されることで、短期間に大量の住宅が供給される。しかしその結果として、空間はしばしば単調となり、居住者の生活は画一的な枠組みの中に収められていく傾向を持った。(写真 -2)

写真-2 森のジードルング、オンケルトムズヒュッテ、ベルリン市、ブルーノ・タウト設計

これに対してジードルングは、たとえ同じく集合住宅であったとしても、その空間構成においてはるかに多様であり、また人間の生活に対する想像力に富んでいる。例えば住棟の配置においては、単なる整列ではなく、日照や通風を考慮したジグザグ状や並列配置が採用されることが多く、建物の間には広い緑地や共有空間が設けられる。そこでは子どもたちが遊び、大人たちが語らい、自然と人間の関係が日常の中に織り込まれていくのである。

さらに重要なのは、ジードルングが単なる住宅供給の手段ではなく、新しい社会のモデルとして構想されていた点である。多くのジードルングでは、住民の自治や協同の精神が重視され、共同施設や文化活動の場が設けられた。すなわちそこには、個々の住戸の集合を超えて、ひとつの「生活世界」が形づくられようとしていたのである。(写真-3)

このようなジードルングの理念を理解する上で、バウハウスとの関係は極めて示唆的である。バウハウスは1919年に設立された芸術学校であり、建築、工芸、デザインを統合する新しい教育の場として知られているが、その根底には、芸術を社会と結びつけ、生活の質を高めるという強い意志があった。すなわち、美は特権的なものではなく、日常の中にこそ実現されるべきだという思想である。

写真-3 カール・レギエンの集合住宅、ベルリン市、ブルーノ・タウト設計、ユネスコ世界文化遺産 

この思想は、ジードルングの設計にも深く影響を与えた。装飾を排した簡潔な形態、機能に基づく合理的な空間構成、標準化と工業化によるコスト削減――これらはすべて、より多くの人々に良質な住環境を提供しようとする試みであった。そこでは建築家は、単なる造形の担い手ではなく、社会改革の一翼を担う存在として位置づけられている。

しかし同時に、バウハウスとジードルングの関係は、単純な影響関係にとどまるものではない。むしろ両者は、同じ時代的課題に対して、それぞれの方法で応答した並行的な運動として捉えるべきであろう。バウハウスが教育とデザインを通じて新しい生活様式を提案したのに対し、ジードルングは具体的な空間の中でそれを実現しようとした。両者は互いに響き合いながら、近代建築の方向性を形づくっていったのである。(写真-4)

ここで改めて日本の住宅団地を振り返るとき、私たちはある種の断絶を感じざるを得ない。すなわち、団地は確かに機能的であり、合理的であり、一定の生活水準を保障するものであったが、そこに「新しい社会を構想する」という強い理念がどこまで貫かれていたかという問いである。むろん、日本にもコミュニティ形成を意図した試みは存在したが、それらはしばしば制度や管理の問題に回収され、空間そのものが持つ力としては十分に発揮されなかったように思われる。

ジードルングが今日においてもなお参照され続ける理由は、まさにこの点にある。すなわち、それが単なる過去の建築様式ではなく、人間の生活と社会のあり方を問い直すため

ABC
写真-4 デッサウ。テルテン地区のジードルング内集合住宅,。バウハウス2代目校長ハンネス・マイヤー設計、ドツでは片廊下式の集合住宅はプライバシーの観点から、不評であったが、日本では多くの集合住宅で、取り入れられた。

の一つの原型として存在しているからである。そこでは、住まいとは何か、共同体とは何か、そして建築はいかにして人間の生を支えることができるのかという問いが、具体的な形をもって提示されている。

現代の都市は、再び多くの課題に直面している。人口減少、環境問題、孤立化する個人――これらの問題に対して、私たちはどのような住環境を構想しうるのか。そのとき、ジードルングの試みは、単なる歴史的事例としてではなく、未来へのヒントとして読み直されるべきであろう。そこには、効率や経済性を超えて、人間の生活をいかに豊かにするかという根源的な問いが、いまなお息づいているのである。


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