建築主の責任と建築行政の役割-国民のための建築法を作ろう

神田 順

 9 建築基本法制定への期待

市場経済の中で、土地も私有財産として認められているが、本来は社会から使用権が与えられたものと解釈すべきで、土地基本法では、投機のための土地所有を禁止している。ところが、現実は、地価上昇が経済を回している面もあり、再開発のビジネスモデルも、地価上昇を前提としていることは否めない。建築も固定資産として土地に準ずるものである。タワーマンションも投資目的という言い方で所有することを、法的に禁じる状況にはないが、それは何よりも格差社会の現れでしかなく、豊かな社会基盤形成ということになっていない。

人の寿命より長い建築は、空間の利用を固定化するわけで、持続可能社会においては社会資産としての認識が必要である。何よりも、人の暮しや活動の場として、安易なスクラップ・アンド・ビルドに走ることなく、活用されるものでなければいけない。多くの価値ある建築が、「経済性」という理由で解体されて行っている。建築主は建築を作ったり、所有したりするときには、社会資産としての認識をもつことにより、土地を占有することによって、社会に対して責任を果たすことが求められるのであり、それを可能にすべく、専門家が協力する制度を作っていく必要がある。

   社会に対する責任とは、ということになると、建築が周辺の住民の迷惑にならないこと、利用する者が気持ちよく使えることである。用途地区を決めて、それぞれの用途に応じた容積率・建蔽率を定めたら、あとはその規制の範囲で自由に建物の延べ床面積を決められるということで、周辺に対する環境が良好に保たれるか、疑問である。個々の建物ごとに、丁寧な検討が必要であり、建築に当たっては、企画・計画段階で、事前に協議調整されるべきものである。いわゆるマンション紛争が以前のように多発することはなくなったとはいうものの、周辺の住民が快く思っていない建築はまだまだ建てられてしまっている。住民の幸福追求権を侵害した建築が依然として建てられている。

   開口部の配置と量、天井高さ、耐震性や耐風性といった、中で暮らす人の安全安心に対しても、建築基準法は長年にかけて規制が充実してきており、一見、建築基準法を満足すれば気持ちよく使えるかのようになっているが、規制に対しても代替手段があれば満足する必要がない場合もある。構造安全性や防火安全性の意味においては、たまたま追加追加で現在の規制が決まって来ているが、改めて見直してみて、とても十分ではない場合や過剰な規制も少なくない。法で規制するよりは、設計者が利用者のことを考えて倫理的な判断に基づいて決めることで、より質の高い建築が生まれる。

   最低基準があたかも目標になっている、建築基準法と建築確認の制度で、建築が新築されていくことを、社会として考え直す必要がある。まず、現在の技術を踏まえた上で、法は原則のみをうたい、それぞれの自治体で、改めて、本当に必要な規制を条例で作成し、専門家としての判断のもとで建築することが、持続可能社会における豊かな建築資産の形成にとって望ましい。

   その地域の特性は、気候風土に限らず、建築技術の利用可能性も異なるわけで、条例規制として決めなくてもよいことは、設計者の倫理性に委ねればよい。それが社会的に不適切であると判断される場合は、自治体が建築を不許可にすればよい。自治体にそれだけの知恵と知識を持たせることで、国民ひとりひとりが幸福度を最大化できる建築行政が可能になると期待する。建築の専門家と行政の担当官が、顔が見えて、お互いの能力を理解できるような制度は、全国一律の建築基準法と膨大な施行令告示による建築確認行政よりも、はるかに気持ちの良い制度であることは、まちがえない。一朝一夕に、そのような形に移行することは、不可能なことを承知するが、それだからこそ、社会制度のあり方を示すものとして、建築基本法を、国民の意識の反映として制定し、あるべき制度に移行していくことが望まれる。    特に、既存建築物の修繕。補修、改築という形の建築生産は、これから新築よりも圧倒的に社会にとって意味のある取り組みであり、その場合は、新築のための規制を守ることを原則とするよりも、今の状況よりもより良い状況が生まれるということを原則とすることがよい。そうなると、膨大な施行令告示の規制と同等な内容の確認ではなく、健康、安全、環境における質の向上が、専門的に判断できれば良い。エネルギーや資源をなるべく使わずに豊かに暮らすため、解体・新築するよりは、修繕こそが建築という社会が持続可能ということであろう。建築の価値とは何かを国民一人ひとりがしっかり判断でき、建築の豊かさの恩恵を受けるためにも、建築基本法を制定することが必要であろう。

参考文献

1)持続可能社会と地域創生のための建築基本法制定、建築基本法制定準備会編、A-Forum出版、2020年

2)耐震強度」とは何か、神田順、科学vol.76,4、2006年、pp.356-363

3)耐震偽装問題は建築基準法が原因!、インタビュー神田順、建築知識2006年5月号、pp.75-77

4)神田 順「安全な建物とは何か」技術評論社、2010年

5)神田 順「『イタリアン・セオリー』から考える我が国の建築構造基準」2016年8月、日本建築学会大会講演梗概集20011

6)1998年建築基準法改正に思う、神田順、鉄鋼技術1999年4月、pp.56-59

7)そもそもいかにあるべきか―建築の豊かさと法規制―、西一治、科学vol.74.9、2004   年、pp.1078-1082

8)建築の質の向上に関する検討報告書、日本建築学会、国土交通省平成20年度建築基準整備促進補助金事業、2009年3月

9)神田 順 「建築行政における自治体の役割」2024年9月

10)巽和夫「行政建築家の構想」1989年

11)五十嵐敬喜ほか 「建築革命」建築ジャーナル、2006年

12)神田 順「ここが変だぞ建築基準法」建築ジャーナル2008年1月~2009年3月

13)神田 順「建築基本法をつくろう」建築ジャーナル2009年4月~2010年3月

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