宙地の間

地球環境時代のモデル建築

渡辺菊眞

   

Ⅲ グロカール(地球-地域)建築をめざして 建築作品とプロジェクト

[1]  「太陽系の惑星地球」を体感する

   「宙地の間」と「ゲンダイタテアナ」

[2]  地域を生き抜く民家に「改増」する

   「角館の町家」と「博士の家 Plat-home」

[3]  地域に「地球の感受」を定位する

   「産泥神社」と「金峯神社」

[4]  建築構法の編成で地球-地域環境に適応する

   「南シューナ地区コミュニティセンター」と「天翔ける方舟」

[5]  地域と地球がひとつになる

   「風景の庭」と「葡萄棚パッシブハウス」

[5]  地域と地球がひとつになる

   「風景の庭」と「葡萄棚パッシブハウス」

 

 地域環境は「いまここ」であり、私たちが通常過ごす時空である。それを超えるのが「かなた」である。人間が生きられるのは「いまここ」に「かなた」が重なる場所である。そんな場所が見出せるなら人間は十全に生きていける。しかし、そうではなくなってしまったのが現代の環境である。人がここに生きていくためには人を容れる建築で「いまここ」と「かなた」を重ねるしかない。建築を起点に環境へと拡張できる流れができるのではないか。そう考えて建築を続けてきた。その方法を模索し始めたのが20世紀末である。在学していた京都大学布野修司研究室でフィールドの読解をはじめた。21世紀に突入し、井山武司から自然環境適応建築としてのパッシブシステムを伝授され、天理大学の井上昭夫先生からの呼びかけでインドやアフリカの被災地や貧困地で建築実践を重ね、その建築を「地域地球型建築」と呼ぶようになった。

 そんな経緯でめざしたのがグローカル(地球-地域)建築である。パッシブシステムで自然環境適応し、フィールドの読解で文化環境に適応する。両者の総合を基盤として「かなた」を感じる「地球感受の空間」を重ねて完成させる。それがグローカル(地球-地域)建築の作り方である。「かなた」は日常の次元を超える。ただし、これが生活のなかでまったく感じられないのなら、そもそも「かなた」は存在しない。「かなた」は見えずにぴたりと「いまここ」の背後にあるのだが、それを感受できる「スイッチ」を押さないと見えてこない。この「スイッチ」を私は地球に見出した。山の端で重り果てなく続く空の向こうに「かなた」を見る、こんな「スイッチ」を地球はいくつも持っている。地球は「いまここ」を包む最大の場所でもある。「いまこと」とつながって「かなた」を呼び寄せるのが地球である。これまでは地域環境適応の基盤に「かなた」を後付けて設計してきた。しかし「いまここ」と「かなた」が相互浸透して地域と地球が不可分な設計ができるのではないか。いつしかそう思うようになった。

 「風景の庭」、「葡萄棚パッシブハウス」は地域と地球の相互浸透をめざした建築プロジェクトである。前者は認定こども園であるが、日常を過ごす保育室や園庭といった空間に地域のなかの「かなた」、さらに地球の感受による「かなた」を重ねて一体化をはかった。後者はある地域に広くみられる葡萄棚ビニルハウスがほぼすべてと言ってよい。この農業建築こそ地域と地球の相互浸透体であった。葡萄棚ビニルハウスが多くの人々にとって地域と地球の相互浸透体として感じられることを願って、その片隅に住宅を寄り添わせた。

風景の庭

 計画地には保育園がすでにたっていて十全に機能している。南の園庭とそこに面するテラス付き保育室がある、もっとも一般的な計画の保育園である。特筆すべきはこの敷地を包む周辺環境である。園庭は高台にあり眼前には陽光溢れる南の空と、そのもとにある浮島のような山田島集落、集落の背景には南東にのびる山並みが続き、西側に目を転じると平野が海のほうまで続いている。園舎の背後の北側には法面がある。その上に集落の小道があり道の北には集落の墓地が広がる。高知平野にたつお墓は南向きのものが多いが、ここに立つ墓石もそろって南を向く。園舎の背中を祖先の霊がみまもってくれているかのような情景である。西には斜面地にたつ集落の屋根が折重なり、その向こうには一際大きな楠の木がそびえる。樹齢500年を数える神社のご神木である。

 現在ある園舎はこのような周辺環境を意識して計画されたものではないが、南側の園庭から開ける眺望、園舎北側背面の少し薄暗い余地、西側の集落への情景、これらのすべてを呼吸するかのように保育園が存在している。こんな保育園はあまりないのではないか。「風景の庭」は、現存園舎を問題にして策定した計画ではない。園舎と周辺環境の稀有な特質に感銘を受けて計画をはじめたものである。現在の保育園空間では周辺風景と南向き園舎の自然環境適応が溶融しているかのようである。ただし、これは結果的にそうなったものである。「風景の庭」では、周辺環境に見る「かなた」に通じる特性、これまで考案してきた自然環境適応と文化環境適応の統合、そして「地球感受の空間」の重ね合わせ、このすべてが相互浸透する場の構築をめざした。現存の保育園への不満ではなく、そこに見出したことへの強いリスペクトを起点とする、そんな動機のプロジェクトである。

概要

  高知県香美市土佐山田町神母木に立地する認定こども園の建築プロジェクトである。敷地周辺には、集落や景観と深く結びつく風景が幾つもあり、特筆すべき立地である。集落の祖先の霊が眠る墓地、物部川畔にある神社と巨大な楠の御神木、物部川河岸段丘が生み出した浮島のような地形の隣接集落とその背後にある山並み、具体的にはこのような風景である。これらの風景は地域の生活世界の中にありながら、なおかつ、日常を越えて、垂直な開けを導くような風景でもある。

 本プロジェクトでは、こども園の平面計画を、あえて標準的な形式にする。平凡な平面形式を起点にしつつ、保育室、屋内遊戯室、エントランスホールなど、こども園に必要な主要空間を風景が印象的に感受できる場にしていく。文化環境適応としての風景への呼応である。これと同時に、先ほど記した所室を中心に自然環境適応=パッシブシステムの導入を組み込んでいく。最後に「地球感受の空間」で全体を統合する。これらの導入にあたっては平面形式を大きく崩すことないよう留意する。

 二つの環境適応と「地球感受の空間」を重ね、グローカル(地球-地域)建築にしていくプロセスはこれまで紹介してきたものと一見すると何も変わらない。ここでは極めて標準的な平面形式を持つこども園が、形式を保ったまま地域の垂直的な風景と重なり、自然の恵みを享受でき、空と地が結ばれる場になりうることを意識している。しかも、導入した3つの要素は分別できず完全に重りあって一者をなすことをめざしている。水平な生活世界と垂直な開けが相互浸透する場としての建築の追求であり、グローカル(地球-地域)建築の模索から深化へと歩みをすすめるためのプロジェクトである。

 もう一つのテーマは、標準的な平面形式の価値の見直しである。20世紀に確立した建築計画学にもとづく標準的な平面形式が建築の豊かさを阻害するという言説が蔓延している。しかし、そこで提示された機能・空間的配列は、利便性はもとより空間的にも極めて練り切れたものだと、21世紀の今になっても、いや、恣意的でやたらデタラメな複雑さへと散らばった平面が散見される21世紀の今だからこそ断言できる。その形式を完全に踏襲した上で、地球–地域空間化を施すことで、生活世界に垂直性が重なる、そんなイキイキとした場ができることを示したい。(Fig Ⅲ-[5]-1,2)

Fig Ⅲ-[5]-1 風景の庭 園舎と周辺環境模型

Fig Ⅲ-[5]-2 風景の庭 園舎の架構模型

Fig Ⅲ-[5]-3 風景の庭 配置図兼1階平面図

Fig Ⅲ-[5]-4 風景の庭 断面図

設計

こども園の平面形式 (Fig Ⅲ-[5]-3)

 「こども園」の平面形式は「並列保育室-テラス-園庭」が連なる極めて標準的なものとする。エントランスホールを中心に据えて、その両側に二つのブロックを構成する。一つ目のブロックは北側園庭型である。2〜5歳児保育室を北向きに並列し、北の園庭に面したテラスを設ける。並列保育室の南には廊下を挟んで屋内遊戯室とする。二つ目のブロックは南側園庭型であり0,1歳児の保育室を並列させて南の小園庭に面したテラスを設ける。保育室北側は廊下を挟んで管理部門を設置する。この形式を起点に据えて風景との呼応、パッシブシステム導入を重ね合わせていく。その際に焦点を当てるのは2-5歳児保育室、屋内遊戯場、北側園庭、エントランスホール、園舎へのアプローチである。

【都市-景観】フィールドの読解と風景の選定

 本計画敷地は土佐山田町神母木本村に位置する。神母木本村は物部川下流域における最上流部であり香長平野へ連なる扇状地の「扇の要」の位置にあたる。物部川は南に向いて流れ、その東西には河岸段丘が形成される。物部川と河岸段丘地形が集落空間の基盤を構成する。

 江戸時代の物部川利水事業完遂以降、神母木集落は物部川水運による物資の集積地であったこと、それに加えて明治時代以降は養蚕で栄えた町でもある。物部川に面して屋敷が軒を並べ、集落南端の物部川畔には神母神社と御神木の楠の大木が位置する。養蚕の桑畑は河岸段丘の高台に位置し、この高台には集落の祖先の霊が眠る墓地も営まれる。河岸段丘を小河川が削り取ることで神母木集落周辺には小島のような地形の集落が隣接し、その背後には山々の連なりや、太平洋まで通じていく香長平野への眺望も開ける。

 このように自然地形と集落の生業等が密接に結びつく。その中でも、日常を超えて垂直な開けを導くような3つの風景は特筆すべきものである。①北側段丘崖とその上の高台にある南向きの墓地、②浮島のような地形の山田島集落と香長平野への眺望、③神母木住居群と物部川畔にそびえ立つ神母神社の楠の御神木、この3つの風景に、こども園の主要空間を呼応させる。(Fig Ⅲ-[5]-5)

Fig Ⅲ-[5]-5 神母木地区の3つの風景 (左)墓地,(中)眺望,(左)楠大樹(御神木)

こども園空間の風景への呼応 (Fig Ⅲ-[5]-6〜9)

①「北側段丘崖とその上の高台にある南向きの墓地」への呼応

北側園庭の北端には段丘崖があり、この崖を園庭境界にする。北側の段丘崖と園舎に囲まれたひとまとまりの窪地を園庭とする。保育室からは、常に順光に照らされた段丘崖をのぞむことができる。次にエントランスホールである。ここの屋根は片流れであり玄関からホール、その奥に向かうにつれて天井が低くなっていく。この下がり屋根を庇として北側に地面近くまで吹き下ろす。この庇下は軒先の地面あたりからのみ光が刺す薄暗い空間となり、軒先近くの地面のみ照らされる。この先には段丘崖があり、その上の高台には南向きの墓地がある。ここでは段丘崖と墓地がある北側に向けて軒下の薄暗い空間を設け、その空間性によって墓地を暗示する。この空間へは北側園庭に出るテラスをたどって潜り込むことができる。園庭にはよく土管トンネル付きの築山を見かけるが、ここでは墓地に呼応する薄暗い空間がこれに替わり、軒先をくぐり抜けると北に段丘崖、その西には園庭がひろがる。園庭、テラス、墓地暗示の暗がりを回遊できる。

②「浮島のような地形の山田島集落と香長平野への眺望」への呼応

 並列保育室の南には一面の南面大開口を持つ屋内遊戯室がある。この開口から山田島やその背後の山並みへの眺望が開ける。保育室では北側に順光に照らされた園庭と段丘崖が、南には遊戯室大開口を通して陽光とともに、山田島と山並みが開け、風景呼応空間に挟まれて過ごす。園舎へのアプローチは遊戯室南に位置する軒下空間である。ここから南には遊戯室同様に眺望が開ける。また、屋内の開口を通してみる風景とは違い視線の限定はない。より自由な広がりを感じることができる。

③「神母木住居群と物部川畔にそびえ立つ神母神社の楠の御神木」への呼応

 園舎へのアプローチの中心軸は神母神社の楠の御神木を向く。登園時は御神木を背にして園舎に向かうが、降園時には夕日が落ちる方向に御神木が見え、自身が育つ地域の神様と対面する。

Fig Ⅲ-[5]-6 神母木地区の3つの風景と「風景の庭」敷地(図中の赤い領域)黒太線は河岸段丘崖

Fig Ⅲ-[5]-7 神母木地区の3つの風景と呼応する「風景の庭」(配置図)

Fig Ⅲ-[5]-8 神母木地区の3つの風景と呼応する「風景の庭」空間各部

Fig Ⅲ-[5]-9 神母木地区の3つの風景との呼応情景

(上)順光の段丘崖がある園庭と薄暗い軒下による墓地との呼応,(中)南に開ける眺望,(下)園舎アプローチの御神木との呼応

自然環境適応:パッシブシステムの導入

 夏季は日射遮蔽と夜間通風による躯体蓄冷自然冷房、冬季は直接熱取得型太陽暖房を導入する。中間期には通風を積極的に利用し年間を通して昼光利用する。園舎の主たる開口は南北向きから37°傾いている。そのため、日射遮蔽については庇の出だけでは制御できない。ここでは南北面にある主要な大開口に対して外付の袖壁を設けて夏季の日射遮蔽を行っている。(Fig Ⅲ-[5]-10) 通風は南面大開口(遊戯室および0歳と1歳児保育室)と北壁上部に設けた高窓、エントランスホールの塔屋高窓により建築内全体に通風が行き渡るように設定している。

 当地の気候区分は7であるが、断熱材等は区分3で要求されるものにしより性能の高いものとした。本建築は木造であり、壁、屋根ともに16k相当の高性能グラスウールを充填断熱し、開口部にはすべてLow-Eガラスを採用している。パッシブシステムにおいて、その中核をなす空間を遊戯室とした。遊戯室は2歳児から5歳児までの保育室に隣接しているので、遊戯室の温熱環境調整が保育室にも反映される。

「地球感受の空間」

 「地球感受の空間」は周辺空間が変容しても、ゆるぐことはなく大地と空をむすぶ不動点となる。真北を向いて緯度勾配で上昇する屋根の塔屋とした。ゲンダイタテアナに導入した塔屋と同様のものである。この塔屋に設けた高窓から順光の北空を見るともに北極星に正対する。さらに塔屋屋根にスリット開口を設けることで光線の軌跡で時の巡りがわかる日時計を形成する。この空間を園舎中央のエントランスホールに組み込む。登園時に全ての園児がここを起点とし、降園時に再度ここに戻って帰路につく。「地球感受の空間」が日時計を備えることで、時間の経過や太陽の巡りが体感可能となる。

 「地球感受の空間」がエントランスホールに位置するため、登園時と降園時に園児はもれなくここを経由する。園舎空間での活動の起点であって終点でもある。園舎の内外には当地を代表する3つの風景に呼応する空間が散りばめられている。園児たちは園舎にアプローチする時、まずは「地球感受の空間」に求心し、そののち、各自の場である保育室や風景呼応空間を兼ねる遊戯室に向かって遠心していく。大地と空をつなぐ不動の中心に求心したのち、風景呼応空間に遠心していく。この空間構成はフランク・ロイド・ライトの炉床を中心に据えた住宅の空間構成に範をとっている。具体的には建築外壁に沿って回り込むようなアプローチを経て、暖炉の量塊のある中心に一旦は求心し、そののちに周辺風景に水平に伸びる各種空間に遠心していく構成である[1]。ライト建築の中心は火をくべる暖炉であり、その煙が天へと昇る。本計画では「地球感受の空間」が垂直な開けを導く。ここが園舎の中心をなす。ライトの住宅で遠心するのは広がる草原とその果ての地平線に向けてであるが、本計画では神母木の【都市—景観】フィールドを代表する垂直性を備えた風景にむけて遠心していく。【地域】フィールドにありながら、その地域が地球にあることを噛みしめることができる。そういった場のなかで園児は過ごし、学び、育っていく。(Fig Ⅲ-[5]-10)

Fig Ⅲ-[5]-10 「風景の庭」のエントランスホールに導入した「地球感受の空間」

[葡萄棚パッシブハウス]

 葡萄棚を包むビニルハウス。はじめにこれを意識したのは20歳を超えた時のことである。奈良盆地西に位置する二上山の麓の道を大阪方面に抜ける一角で見つけた。葡萄は斜面地地形をほぼ造成せずとも栽培が可能なのだろう。中をのぞいても地面は天然地形のままの斜面である。ビニルハウスの屋根は地勢に応じてグニャッと曲がって柔らかい曲面をなしている。斜面がそのまま2.5m程度上方にオフセットされた形である。これを支えるのは20㎜直径の鉄パイプである。圧倒的に軽微な構造である。こんな建築を見たことはなく強烈な印象が残った。1990年を過ぎたばかりの時期であり、当時は「軽い」印象のふわりとした金属屋根の建築が流行り始めていた。それらは「軽」チックなものだったが、葡萄棚ビニルハウスは本気で軽い。軽いから必然的にこういう形になるのだ。記憶に深く刻み込まれたものの、この建築を思考することはなかった。

 再び出会ったのは2015年である。私の自邸「宙地の間」は奈良盆地の西部山地の山麓にたつ。近くには聖地、信貴山がある。「宙地の間」に引っ越してきたのち、信貴山詣でを兼ねて住宅地背後にある山地の農道を歩いてみた。歩き始めてほどなく一群の葡萄棚ビニルハウスが広がっていた。信貴山麓は葡萄のビニルハウス栽培の一大拠点であったのである。以前見たのは単体であったが、ここでは不定形な斜面地いっぱいに幾つものビニルハウスがたっている。斜面のかたちのままでビニル屋根が浮かび、陽光を浴びてキラキラと光っている。斜面地のカタチのままの鏡が空を映しだしているのである。地球感受の風景をここに見た。ある真冬の日にこのそばを通った。衝撃を受けた。ビニルハウスがたつ斜面の向きにかかわらずハウス上端の隙間から、温風が溢れ出しているのだ。地球感受の風景のなかで、この温風を受け取ってくらすパッシブハウス。ただそれだけを思って計画をはじめた。2018年のことである。不定形斜面での計画が困難だったので一様な斜面地で「お試し計画」を経て、その手応えをもとに信貴山麓で計画を着手したのは2021年であった。葡萄棚ビニルハウスとの出会いからは30年も経ったあとである。(Fig Ⅲ-[5]-11)

Fig Ⅲ-[5]-11 奈良県生駒郡信貴山麓に群集する葡萄棚ビニルハウス

概要

 葡萄棚パッシブハウスは、斜面地に営まれたビニルハウス付きの葡萄棚を付帯温室として活用するパッシブハウスである。熱が自然に高所へと移動する性質により葡萄棚ビニルハウスの上部から温風が吹き出す。この温風を冬季暖房に活用する。通常、空気集熱機構を備える住居においては、太陽熱を屋根部で集熱する。この部位は住宅最上部であり下部居室に温風を送り込むための動力が必要となる。これに対して葡萄棚パッシブハウスでは、付帯温室たるビニルハウスが斜面地であるため、そこで集熱された空気は自然地形に沿って上方へと移動し動力は不要である。

 葡萄棚パッシブハウスの計画地は 奈良県生駒郡の信貴山麓である。当地では、斜面地一面を葡萄畑としており、その上をビニルハウスが覆っている。この葡萄棚ビニルハウス群は、不定形な地勢上に営まれたものである。φ20㎜の鉄パイプによる極めて軽量な構造のため地勢の造成が不要であり、事実、地勢のままの大地に、高さ2.5mを加えた大地地勢と同じ形のビニルハウス屋根が浮かぶ。土地の造成をしていないのでビニルハウスを撤去した場合には元来の地勢が復元される。なお、地勢の形で浮かぶ屋根は陽光の一部を反射し、空を映す鏡のようでもある。農業用温室ではあるが、地勢がそのまま反映された建築であり、大地に負荷をかけない建築、屋根に空を映す建築として稀有なものであり、そのままでグローカル(地球–地域)建築と言えるような質を備えている。

 葡萄棚パッシブハウスは、既存の葡萄棚ビニルハウスと、その上に位置する道との間に空いたヘタ地の斜面にはめ込めこむように計画している。この住宅は、住機能を受け持つ上部構造と鋼管杭に支えられた床版の下部構造からなる。上部構造は木造在来構法である。下部構造の鉄筋コンクリート造床版は敷地地勢に応じたスキップロアをなす。住宅機能計画としては、スキップフロアをワンルームとして扱い、ここを居間・食間としている。上部構造には2寸勾配の片流れの大屋根をかけ、大屋根中央部に塔屋を設けている。冬季には葡萄棚ビニルハウスから吹き出す温風を住居の連続窓を通して居室に導く。夏季は連続窓を閉めるとともに、ビニルハウスからの熱を住居に入れず排熱する。気温が下がる夜間に住居部のみ通風を施して躯体蓄冷自然冷房をする。住居中央部に設けた塔屋は、冬季では葡萄棚から伝達される熱を吸引し、夏は夜間の通風とともに、浮床の下に溜まる冷気を吸引する。

 農業用建造物を建築に活用するプロジェクトには特に新規性はない。ここでは葡萄棚ビニルハウスをグローカル(地球–地域)建築として改めて「発見」したことが重要である。ただし、この建築はそのままだと農業用建造物に過ぎない。ここでは住居を併設することでグローカル(地球–地域)建築として完成させている。建築の枠の外にあるものの価値を引き出すための建築併設。それがグローカル(地球–地域)建築になること。それをめざしている。(Fig Ⅲ-[5]-12,13)

Fig Ⅲ-[5]-12 葡萄棚パッシブハウス群(2棟)

Fig Ⅲ-[5]-13 葡萄棚パッシブハウス住単位(パッシブ家屋+葡萄棚ビニルハウス)

Fig Ⅲ-[5]-14 葡萄棚パッシブハウス住単位の屋根伏図(左)と各階平面図(右)

設計

1.葡萄棚ビニルハウスの読解

 葡萄棚ビニルハウス群は生駒山地南部の西麓および東麓に広く分布するものである。葡萄棚を内包するビニルハウスであるから、その目的は自明であり、葡萄の安定的な栽培である。ここでいう安定とは天候の影響を受けにくい、草刈り等の作業量の縮減、栽培計画の策定しやすさなどが列挙できる。もちろん露天の葡萄栽培が原点であり、その現代農法版がハウスによる葡萄栽培である[2]。ビニルハウスはφ20㎜の極めて軽微な鉄パイプ構造であり地勢の造成が皆無に近い。その結果、地表から2.5m程の高さが屋根になり地勢そのままの形状をなす。これが空の陽光の変化とともに反射の色合いを変える。地勢の形のままの屋根が空を映す。屋根の下には地勢そのものがあり、等間隔に植えられた葡萄の枝は屋根面近くで水平に伸びる。陽光を受け止める大地に葡萄の樹影が重なり太陽のもとにある大地を象徴的に感受できる。葡萄棚ビニルハウスのある情景は、当地の【都市−景観】フィールドの結晶であり、この風景がそのまま大地と空をむすぶ場を形成している。その意味で【地球感受の空間】でもある。

2.住居の空間・機能設計

 パッシブハウスとしての住居は、葡萄棚ビニルハウスと農道との間のヘタ地斜面にはめ込めこむように計画している。住機能を受け持つ木造上部構造と、鋼管杭に支えられた床版の下部構造からなる。下部構造の鉄筋コンクリート造床版は敷地地勢に応じたスキップロアをなす。具体的には径の小さな鋼管杭を2mスパンで林立させ杭頭を鉄骨で緊結してグリッドフレームを組み、その上部に鉄筋コンリート床版を固定している。この構造採用により地勢の大きな造成を避けており、地勢が反映されたスキップフロアを現出している。機能計画としてはスキップフロアをワンルームとして扱い、居間・食間としている。水回りはフロア西部に集約し、ワンルームの広がりを阻害しないようにした。なお、スキップフロア下部には3つの個室を並列的に配置している。スキップフロアには2寸勾配の片流れ大屋根がかかる。その中央部には5寸勾配の屋根を有する塔屋を設ける。塔屋上部にはハイサイドライトを設置し、下部から空ののぞむとともに通風を導く。なお、住居部と葡萄棚ビニルハウスの間には幅1mの帯状空間を設けている。ここは葡萄棚へのアクセス路(現在の通路幅員も同程度である)とするともに、ビニルハウス上部から吹き出す熱の集熱部(以下、帯状集熱部)としている。(Fig Ⅲ-[5]-15)

 Ⅲ-[5]-15 葡萄棚パッシブハウス住単位模型 

(上)下部構造の鋼管杭で支持された浮床模型 (下)上部構造の在来軸組の架構模型

3.自然環境適応:パッシブシステムの導入

 冬季は空気集熱暖房をほどこす。葡萄棚ビニルハウス内を上昇する暖気を帯状集熱部で受け止め、その熱を住居の葡萄棚側連続窓から受容する。これを下部構造である鉄筋コンクリート床版で蓄熱し、そこからの放熱によって自然暖房する。暖気は塔屋高窓からの排気により吸引を促進する。スキップフロアをなす浮床はほぼワンルームであり、吸引した暖気はスキップフロアを順次上昇し最終的に塔屋高窓へと吸引される。

 夏季は日射遮蔽と躯体蓄冷自然冷房を導入する。建築正面(葡萄棚ビニルハウス側)と背面側の大開口上部に設けた片流れ大屋根の庇、双方の開口外側に設けた袖壁によって日射遮蔽を行う。夏季は建築正面(葡萄棚側)の開口は開けないことで葡萄棚ビニルハウスから吹き出す暖気を屋内に入れない。通風は寝室に設けた地窓、建築背面の開口から吸気し塔屋高窓から排気する。これにより建築内全体に通風が行き渡るようにする。熱帯夜を除いて気温が下がる夜間に積極的に通風を施し鉄筋コンクリート床を中心とした躯体に蓄冷する。気温が上昇する日中は通風を止めて躯体への吸熱により涼感を得る。

 当地の気候地区区分は5であるが、断熱材等は区分3で要求されているものとして基準以上の断熱性能に高めた。下部構造の浮床部はRC床版を支える鉄骨フレーム内に厚60mmのポリスチレンフォームによる充填断熱を施す。浮床間を垂直につなぐ壁部は杭柱と木部の混成である。この箇所と上部構造である木部には16k相当の高性能グラスウールを充填断熱する。なお開口部はすべてLow-Eガラスを採用する。(Fig Ⅲ-[5]-16)

Fig Ⅲ-[5]-16 葡萄棚パッシブハウスに導入したパッシブシステム図解

4.地球感受の空間

 大地の感受は、ビニルハウスの下で陽光をうけた地勢のままの斜面大地と、そこに落ちる樹影を見ることによってなされる。住居部のスキップフロアは斜面地勢の反映であり、ここにも大地の地勢を感受できる。スキップフロアの下には鋼管杭柱が林立する。ここは暗がりの斜面大地である。先の大地の感受は陽なる大地の感受であるのに対して、こちらは陰の洞窟的な大地の感受となる。(Fig Ⅲ-[5]-17)

 空を感受する空間を二種計画した。一つ目は浮床空間正面開口から見る葡萄棚ビニルハウス屋根の情景である。これは大地の地勢そのままの形だが半透明の膜状屋根であり、空からの光を写し込む。浮遊する大地の形に空の色合いが写り込む。もう一つは塔屋高窓から射す光による空の感受である。この塔は垂直でなく斜塔であり、そのため高窓から射す光は天ではなく空の象徴的感受となる。斜塔による空の感受は、ゲンダイタテアナ、風景の庭にも導入したものである。

 本計画では葡萄棚からの熱の受容と、塔屋による通風の体感が「空と大地の感受」にかさなりあう。葡萄棚パッシブハウスは、葡萄棚ビニルハウスという「地球感受の空間」の質を阻害せず、その性質を補強することをめざしている。水田という細胞内の核としての住居、これが散居であり、海に平等に向き合う住居群の連なりが原始的な漁村である。こういった原初の居住を現代の農的風景のなかに構築することが、このプロジェクトの狙いである。葡萄棚ビニルハウスは地域の生業の情景そのものであり、軽微な構造で熱を蓄える自然環境活用装置である。「地球感受の空間」でありグローカル(地球–地域)建築そのものと言える存在である。葡萄棚パッシブハウスはそんなビニルハウスに寄り添って、その特質を「呼吸」するような住居である。

Fig Ⅲ-[5]-17 二つの大地の感受 (上)陽光あふれる葡萄畑の大地の感受 (下)鋼管杭が林立する陰なる大地の感受


[1] 原口秀昭は『20世紀の住宅 空間構成の比較分析』(鹿島出版会 1994)において、フランクロイドライトのプレーリーハウスにおける中心の量塊(暖炉)による「箱の解体」を論じている。ライトの箱の解体は複雑に形を組み合わせるのではなく、西洋古典主義の伝統である3分割構成の空間的中心に量塊(暖炉)を設置し、その周囲の空間を量塊付近で曖昧に連続させることで、そこから十字方向に遠心し、その結果として箱が解体されるとしている。「風景の庭」においてもこの構成を参照している。

[2] 国土地理院の地図および空中写真を確認すると、第二次世界対戦直後では、葡萄畑は山林であった。1970年代になって露天の葡萄栽培が見られ、1980年代半ばに葡萄棚ビニルハウスが確認できる。極めて近年の傾向であり、まさに現代農法である。


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