建築少年たちの夢Part1 進撃の建築家たちPart2 建築家Xたち Part3
建築家Xたち 建築家は何を目指すのか? 01 PERSIMMON HILLS architects ①柿木佑介 ②廣岡周平
高架下から世界へ-プリツカー賞を目指して
布野修司
吉祥寺建築会
A-Forum AB研究会が「これからを担う若手建築家の活動と実践①」(第20回 2021年5月22日)に招いたのが「PERSIMMON HILLS architects」の2人である。コーディネートしたのは香月真大であり,コメンテーターの種田元晴、浅古陽介も「吉祥寺建築会」「杉並建築展」の仲間たちである。。
香月真大については『進撃の建築家たち』で書いたけれど(頑張れ!ケンチク・ボーイズ キュレーショナル・アーキテクトを目指して」),『建築討論』への投稿で知り合い,吉祥寺駅前の「ハモニカ横丁」を拠点とする「吉祥寺建築会」のメンバーを次々に紹介してくれた。なかなか顔が広いネットワーカーという印象であった。当時は,「すべてのコンペに応募する!」といっている段階で,具体的な作品としては「アイザ鎌倉の簡易宿泊所」「WAKABACHOW WHARF」が竣工した程度である。最後には次のように書いた。
「香月真大がこれからどんな建築家になっていくのかわからない。40歳になる前に有名になりたいと、時々呟いているけれど、そうなって欲しい。「建築とは何か?結局は場作りなのかなと思っています。建築を作る行為も、保存する行為も、展覧会を行うことも結局は人と人との場を作ることに直結するだろうと感じています。建築設計事務所は無数にあって、若手もたくさんいるのだけど、建築雑誌の廃刊などが進んで若手が作品を発表できる場所そのものが無い。将来的にはキュレーショナル・アーキテクトというのはおこがましいですが、展覧会やメディアを企画して立ち上げて、若手の活動や社会に対して提起するような場所を作れるような存在になりたいです。」というが、そんな存在になるのかもしれない。」
香月真大は、その後、仕事の場を広げ「杉並建築展」の活動を持続的に展開してきている。AB研究会が,若手建築家シリーズを開始するに当たって,最初のコーディネーターを香月真大に依頼したのはそのネットワーク力に期待したからであった。
パーシモンヒルズ
パーシモンヒルズは,いうまでもなく,柿木の柿と廣岡の岡を合わせた命名である。2人は,2008年に関西大学工学部建築学科「建築環境デザイン研究室」を卒業した同級生である。それぞれ別々に実務経験―柿木佑介はMountfuji Architects Studio,廣岡周平はY-GSA, SUEP,大成建設設計部―を積んだ後,設計事務所を立ち上げたのは8年後の2016年である。今年は設立10周年ということになる。
仲の良さそうな写真が公開されている(図①ab)。学生の時から将来は一緒にやろうと決めていたのであろうか。建築界期待のデユオである。 関西大学建築学科出身の建築家というと,末吉栄三研究室出身の徳島の新居照和とはヴァサンティとともに今日に至るまで長いつきあいがある。日建設計にいる東工大出身の新居壮真は生まれた時から知っている。しかし、他にピンとくる建築家が思い浮かばない。
実は,京都大学にいる時に,関西大学に来ないかという話があって,いろいろ話を聞いたことがある。当時の教師陣はよく知っている。2人が入学する少し前のことである。京都大学の研究室を離れられない事情があり断念したけれど,2人は2004年に赴任した江川直樹研究室に所属したという。布野は2005年に京都大学から滋賀県立大学に異動することになるが,現在の関西大学建築学科の木下光,大影佳史の両教授は研究室は別であったが,京都大学建築学科の出身である。

図①a 左に柿の木? 岡の上に跪く二人 『KJ』201901 図①b 『建築ジャーナル』202601
もしかすると10年以上前に出会っていたのかもしれないという思いもあるのだろうか。関西から建築家を志して上京し,二人で事務所立ち上げたパーシモンヒルズについては,出会って以来注目してきた。柿木佑介とは,香月真大を通じて出会った。要するに「吉祥寺建築会」のメンバーであった。廣岡周平とは,このAB研究会で初めて会ったが,2024年6月に横浜国立大学で開催された山本理顕プリツカー賞受賞記念行事(講演会、名誉教授・名誉博士号授与式等)で再会した。
柿木佑介と直接会ったのは,坪内文生鹿島出版会社長(当時)がヴォランティア・ガイドをしているというので,布野が企画した「迎賓館(赤坂離宮)」見学会だったと思う(2018年4月14日)。そして,翌年の「杉並建築展2019」でその仕事を知る機会があった。後で知ったのであるが,その年 2019年1月の『KJ』誌の巻頭特集30頁を占めて,独立後3年にみたないにも関わらず,数々のプロジェクトをまとめている。実現した作品の代表は「黄金町の切込」と「宝性院観音堂」であろうか。この2作品が数々の賞を受賞していることは2人を勇気づけたであろう。さまざまなプロポーザルコンペへの応募を積み重ねる一方で,「アメリカ山ガーデンベース・こどもの回廊」「羽曳野の光井戸」「三軒茶屋の窓」など「小さな仕事」がまとめられているのには好感をもった。『KJ』誌のバックグランドについては知らないが,建築家としてのメディア戦略にあるセンスを感じた。『建築少年たちの夢』でとりあげた建築家たちは,それぞれメディア戦略をもっていた。メディア戦略とは要するに書くことであり,「雑誌」に載せることである。何をどう考えて,この家具,この空間,この建築をつくったのかを言葉として,図面や写真として,後世に伝わるかたちで表現することである。今日の最大の問題は,香月真大がいうように,そうしたメディアが失われつつあることである。

図②ab 「杉並建築展2019」「ひらかれた建築」8月27日~9月5日 トークショー 8月31日 筆者撮影
「杉並建築展2019」のトーク・イベント(2019年8月31日)は実に活気に満ちたものであったが,柿木佑介は既に杉並の仲間たちに溶け込んでいるように思えた(図②ab)。「ハモニカ横丁」には,隈研吾がインテリアを設計した小さな店がある。隈研吾事務所にいた原田真宏(Mountfuji Architects Studio)は,「ハモニカ横丁ミタカ」を設計しているが,柿木は在籍時代から吉祥寺界隈となじんでいたのかもしれない。そして偶然にも,「Mountfuji Architects Studio」では,滋賀県立大学の布野研究室出身で東大生産技術研究所大学院を出た葛西慎平と一緒だったという。その年の暮れには,香月、柿木,葛西,布野で飲んだ(2019年11月26日)。
2020年4月,Covid-19蔓延の緊急事態宣言によって,第19回「 建築生産を支える専門職(サブコントラクター)の世界」(2020年3月28日)以降,「これからを担う若手建築家の活動と実践①」まで1年休止を余儀なくされた。しかし,コロナ禍にも関わらず,2021年4月24日,布野は,香月,柿木とともに「宝性院」(図③ab)そして近くにある象設計集団の「進修館」そして「笠原小学校」を見た。AB研究会再開の準備だったんだと思う。
2人は,仕事場を共有,共用しているわけではない。今日に至るまで,それぞれ高円寺と川崎の自宅周辺を拠点として活動する。同じコミュニティに属さないことで異なる経験を持ち寄ることを意図している、という。集中するときは,週1~2回は対面で議論するというが,インターネット時代の新しいかたちである。もっとも,設計組織のかたち,その形成、変容,転生・・・は様々であり,2人で出発するのはその原点である。
10年間で仕事は順調に拡大してきた。AB研究会から4年,2026年の『新建築』(3月)と『GAJapan 199』(MAR-APR)に「共栄鋼材扶桑工場「共栄鋼材可児社屋改修Ⅰ~Ⅲ期工事」が掲載されている。印刷メディアとして発行される「建築雑誌」2誌に掲載されるのは一定の評価の証左であろう。パーシモンヒルズのホームページ1[i]を覗くと,事務所設立以来,途切れることのない受賞歴もその評価を示している。
共栄鋼材など企業とのパートナーシップ関係も成立し,公共建築のコンペにも応募,岩手県住田町の「上有住地区公民館」に続いて愛知県蒲郡市の「大塚保育園」の設計者にも選定された。さらに続いて「尼崎市中央図書館リニューアル基本計画」のコンペも獲った。そして,興味深い集住体モデルが建設中である。
現在は、高円寺と川崎のそれぞれ3人のスタッフがいて,柿木,廣岡合わせて8人の設計事務所である。基礎は固まった。パーシモンヒルズは果たして、どこまでどういう形でステップ・アップしていくのであろうか。
戦略なき白兵戦か? 建築の生産流通システムと建築家
香月は,パーシモンズヒルズを招いたAB研究会の主旨について,以下のように記している。
「建築家は、パワービルダーやハウスメーカーのように住宅の生産や流通に関われるだろうか?新型コロナの影響で2020年度の新設住宅着工戸数は73万戸となった。1990年代には167万戸という時期もあったが、既に新築から改修への移行期にある。

図③ A-Forum 第20回AB研究会 2021年5月22日 筆者撮影
一般の住宅の発注者、すなわちお施主さんは、まずハウスメーカーやパワービルダーのコマーシャルを手掛かりにする。景観を作るのは建築家ではなく、経済効率、量産化、広告に長けたビルダーやメーカーである。建築家は、インフォーマルな関係を手掛かりとして設計の機会を得て、奇をてらった建築をつくったり、建築雑誌への掲載や建築賞の受賞を目標として、建築家の仲間内の評価を得ようとする。しかし、公共事業の作られ方や生産や流通を考えて活動も行うべきではないだろうか。建築家の活動と実践を通して、建築生産や都市形成にいかに関わっていくべきかを議論したい。」
AB研究会すなわちアーキテクト/ビルダー(建築の設計と生産)研究会を意識したのかもしれないが,これは香月の自分自身に対する問いでもある。「僕は杉並区高円寺に在住して20年…家業が高円寺で不動産屋をやっているので、地元で建売住宅を手掛けることが多いのですが、ほとんどの不動産屋や地元の人たちは建築家に発注することはない現状があります。…建築展は地元の建築家と地元のおっちゃんやおばちゃん、商店街の人たちをつなげるという意味を持って開催したものです。」と言っているのである(『進撃の建築家たち』)。香月は,大学院は石山修武研究室出身であるが,大野勝彦の提案で,石山,渡辺豊和,布野の4人で立ち上げた雑誌『群居』(1982~)は,身近な居住環境について建築家がいかにアプローチできるかということを一貫するテーマとしてきた。実は,『SLAB』創刊には,『群居』の現代的再生の思いがある。
研究会の全容は,A-ForumのYou Tubeに記録されているが,議論はおよそ以下のようであった2[ii]。
パーシモンヒルズの2人がとりあげたのは,宝性院観音堂(埼玉県杉戸町),岩手県住田町・上有住地区公民館,広岡氏の自邸・事務所(川崎区),三軒茶屋ショップハウス,枚方「二戸一の大きな家(賃貸住宅)」である。

図④ab 宝性院観音堂 筆者撮影
宝性院(真言宗智山派)観音堂は,住職夫妻の話を直接聞いたが,「お寺の敷居を低くしたい」すなわち「地域に開きたい」という方針,宗教的イベントと公共的イベントの両立を可能にする,具体的には声楽コンサート・落語会・マルシェ・結婚式など多様な使われ方を可能にする,仏教寺院の現代的転生のプログラムに見事に答えた作品である。かつて,毛綱毅曠の「永正寺」(1979)3[iii],また新田正樹の「栄照寺」(1993)4[iv]について書いたことを思い出すが,仏教寺院というと,仏教のコスモロジーをどう解釈してどう空間化するか,それをどう現代的に表現するかがテーマであった。宝性院観音堂の屋根架構について「菩提樹の伝承からヒントを得た樹木状の加工」などというが,仏教寺院と言えば,法隆寺どころかインドに遡ってその起源を考える,日本建築史は,退屈ではあったが,それなりの重さはあったのである。しかし,そもそも仏教寺院は,とりわけ大乗仏教においては,衆生のためにある。京都鹿ケ谷の法然院(梶田真章貫主)は,定期的に講演会やコンサートのために開放されており,よく利用したものである。また,大阪天王寺の一心寺は,江戸時代から檀家を持たない,宗派を問わず庶民のために年中無休で無縁の例を供養する寺院として知られるが,住職であった高口恭行(現長老)は,建築家でもあった。隣接して「一心寺倶楽」という劇場を建てて,演劇,ダンス,落語などの舞台芸術のための空間を提供してきている。
宝性院観音堂を特徴づけるのは,何よりも,寺院の軸線となる四隅から登り梁を,頂点をずらしながら組む屋根架構である。無柱のホールがつくられるが,ホールの側面を解放すれば庭と一体的に使うことが出来る。日本建築家協会JIA新人賞にノミネートされ,受賞は逃したというが,受賞してもおかしくない建築である。
岩手県住田町の「上有住地区公民館」は,東日本大震災後に東大・東工大の研究室が関与して生まれた地域デザイン会議の流れを受けつつ行われたコンペで勝ったはじめて実現した公共建築である。公民館は,世田米地区から離れた上有住地区の悲願であり,スタッフが少なく常時イベントを仕掛けられない条件を踏まえ、地域の職人技術(石壁・焼き杉・下見板・漆喰など)を組み合わせた素材表現と、図書室の家具を既製品でなく地元家具職人に発注するなど、地域資源の循環を意識した設計を行った。
廣岡周平は,再建不可の中古住宅を500万円で購入し、工具代込み250万円の自主施工で改修、6年以上居住しながら購入費・改修費を家賃相当額で回収したという。セルフ・ビルドである。そして,川崎区内で自邸兼事務所を計画中であるが、豆腐パックを型枠にしたモルタルタイルや落ち葉の仕上げなどユニークな実験も進めている。さらに,和歌山県海南市の大工・伊藤智寿の住居兼作業場兼集落のコアセンターとなる改修プロジェクトを紹介した。
1960年代末から1970年代にかけて,近代建築批判が高まるなかで,若い建築家たちはセルフ・ビルドに大いに惹かれ,自ら小さな建築を建てることが試みられた。その遺伝子は途絶えていないのかもしれない5[v]。もちろん,2人がアーキテクトビルダーを目指しているというわけではない。現実の建築材料,部品などの生産流通システムを前提としながら,創意工夫の提案を積み重ねている。「三軒茶屋の出窓」は,間口2.3mの細長い敷地に対し、量産クロス・塩ビタイル・集成材木枠などの安価な工業製品を使いながら、通り土間・出窓・段差による空間的広がりを実現した。「二戸一の大きな家(賃貸住宅)」は、2棟を完全シンメトリーの2連長屋として設計し、将来的に壁を抜いて200平米超の大きな家に転換できる構造としている。坪47万円という地場ハウスビルダーと同等の予算内に収めるため、プレカット対応を前提とした仕口の単純化・屋根足場不要な最大勾配(5.5寸)・サイディング働き幅の転写によるプロポーション調整など細部の技術的工夫を試みている。
2人は,クライアント・施工者・利用者・地域関係者との関係性をネットワーク図として可視化し、介入ポイントを明確にしながら設計を進める手法を一貫して採用している,という。岩手県住田町・上有住地区公民館の場合,1910年代から現在に至る地域資源の変遷をネットワーク図で分析し、産業共同体としての家族・地域の結びつきが弱体化した経緯を把握した上で設計に臨んだ。
正攻法である。建築家は,クライアントや施工者の要望をそのまま実現するだけの存在ではない,また、香月がいうように「インフォーマルな関係を手掛かりとして設計の機会を得て、奇をてらった建築をつくったり、建築雑誌への掲載や建築賞の受賞を目標として、建築家の仲間内の評価を得ようとする」のが建築家ではないのである。,利用者,地域関係者,地域社会、地域資源の全体を考えて,現実的諸条件のなかでベストの解答を出す。パーシモンヒルズは「価値を重ねる」という。
AB研究会はオンライン会議であったけれど錚々たる参加者から発言があった。
香月がアトリエ建築家でも,巨大資本に頼らずに建材などの生産流通に関与できる可能性を問いかけたのに対して,廣岡周平は、パワービルダーとの連携は街が良くなるという倫理的根拠がある場合に限り意味があるのであって、単なる利益追求を目的とすることには否定的な見解を示した。当然である。建築エコノミストを任ずる森山高志は,施工・建材開発・材料売買を自ら経験した立場から、生産・流通への参入には継続的な数量確保とリスク管理が不可欠であり、建築家のグループとしての連携が鍵になるという。共同購入という発想はかねてからあり,長谷部勉が関わるR-Houseのような団体もある。
「上有住地区公民館」をめぐっては,自治体のキーマン(田畑耕太郎、現 秋田公立美術大・助教)の存在が大きな役割を果たしているという評価があった。裏を返せば,技術系職員が街づくり系の動きに参加しにくい構造的問題があるということである。公共側の貢献を可視化する(担当の個人名を顕彰する)取り組みの必要性を指摘したのが建築構法計画の吉田拓郎である。小さな自治体であれば,一人のタウン・アーキテクトがいれば,相当思い切ったことができるが,地域デザイン会議といったネットワークも不可欠である。パーシモンヒルズがそうしたネットワークに選ばれたのは幸運であった。
「僕は今日の話は白兵戦だと思うんですよ」という蓑原敬の総括が的確と言えば的確であった。蓑原敬と言えば,茨城県営水戸六番池,幕張ベイタウンなどのプロジェクトで知られる日本の都市計画,住宅計画政策に関わってきた大先達である。
「今日は,白兵戦すなわち実際に地上戦を戦っている若手建築家の話だったんだけど,一方で,痛切に感じているのは,戦略を考える人がいなくなったことだ」というのである。
第1に,気候変動に伴う地球環境問題に対して,産業システムそして建築システムを変えなければならない。そのために,第2に工業化による技術の体系をもう一度技能の体系に戻す必要がある。日本の建築の伝統は,循環システムをもっていたはずである。さらに第3に,白兵戦は是非やって欲しい、しかし、白兵戦をやるひとをどれだけ増やせるのか,建築基準法・行政制度など法律上の隘路があるのではないか。「基本的に,行政はあなた方若手建築家が やってる仕事に対してあんまり協力的じゃないんじゃないか」 、どういう制度とか,行政に対する問題提起があるのか。そして第4に,実際動かすには金が要るんで、金融システムとか,財政とか,援助とかどう考えているのか。
事態はそう容易ではないということである。
白兵戦を戦う建築家はどこにどういう問題があるかは身に染みて理解できる。立ちはだかる制度や金融や社会の壁に行く手を阻まれ、討ち死にすることもある。しかしそれ故,戦略を立てることはできる。『群居』でも一貫して考えるだけは考えてきた。ただ,政治経済社会システムとしての戦略を具体化するのは最前線の一兵卒だけでは限界がある。大野勝彦はセキスイハイムM1の設計者であり,建設省の「HOPE(地域住宅)計画」を主導する,官民をつなぐ稀有の存在であったが,後年考えていたのは「地域住宅工房」のネットワークである(大野勝彦(1988)『地域住宅工房のネットワーク 住まいから町へ 町から住まいへ』)。
共栄鋼材ー企業とのパートナーシップ
共栄鋼材という会社は,自動車産業のパーツピラミッドの川中に位置するコイルセンターで、鉄材を引き伸ばしてカットする事業を行っており、従業員は約100人弱の規模という。仕事の依頼は,日本建築学会の「建築文化週間」の創立130周年記念特別企画『パラレル・プロジェクションズ』(2016)がきっかけだったという。その時知り合ったプロジェクト・マネージャーから突然連絡が来たのである。

図⑤ab パラレル・プロジェクションズ 2016 Parallel Projections Archives
2016年と言えば,日本建築学会でWeb Magazine『建築討論』(初代編集長2013~2017)を立ち上げるのに四苦八苦していたのだけれど全く知らなかった。香月真大が投稿したのは第2号(2014年9月)である。「パラレル・プロジェクションズ」とは何か。アーカイブを覗いて驚いた。なかなかの仕掛けなのである。「30年前に生まれた130人のプロジェクトから考える30年後の未来を考える」というのがキャッチフレーズで,若手建築関係者130名が,専門分野(構造・設備・歴史・意匠・環境・都市),職種(建築家・エンジニア・研究者・編集者)を問わず集まって議論するというのである。2016年は,パーシモンヒルズを立ち上げた年であり,2人は30歳になったばかりである。
写真を見ると,ものすごい活気,熱気である(図⑤)。
2017年は「動く,動かない」,2018年は「プロジェクト・リノベーション」,2019年は「メタなカタ」というテーマで4年にわたって開催されていた。
「学会というプラットフォームの価値を最大限に駆使して、建築に関わる人材を一同に集め、分野や世代、価値観が並走する複数のセッションを通して、建築の現在的な意義を共有し、発信するための運動体」という。仕掛け人は誰かと思えば、403architecture [dajiba]の辻琢磨とRADの川勝真一である。
4年で33のセッションが開かれたというが,各セッションのテーマ(タイトル)を見て,「分野や世代、価値観が並走する」というけれど,「建築の現在的な意義を共有する」ためのテーマが的確に並んでいるように思えた。
Session00 – 130⼈で考える都市と建築の未来
Session01 – 参加型開発の枠組みをどう設計できるか? –
Session03 – デジタル技術がどのように設計のコミュニケーションを変えるか?
Session04 – ユーザーの⾃発性を制度設計するためには何が必要か? –
Session05 – 現在のまち並みを成熟させていくために必要な計画は何か? –
Session06 – 複数拠点での活動/暮らしを可能にする⾝体性と空間の関係とは? –
Session07 – まちや建築についてのリテラシーを育む建築教育とは? –
Session08 – ⽇常の中に危機管理を埋め込む社会の仕組みは何か? –
Session09 – 地域の建築が持つ意匠的特徴をどのように継承しつつ、現代的な機能を満たせるか? –
Session10 – 建築行為を日常化するための技術は何か? –
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参加した総勢200人余りのリストもある。
この運動体がサステイナブルに維持されれば,ものすごいパワーになる。4年で終わったというが,白兵戦を白兵戦のままに終わらせないためには、こうした運動体を組織する必要がある。あまり知られていないのであるが,『群居』というメディアを維持する理念としてあったのは「ハウジング計画ユニオン(HPU)」というネットワーク構想であった。
共栄鋼材の仕事は,共栄鋼材が「㈱飛騨の森でクマは踊る」(代表 岩岡孝太郎・松本剛)に,自動車業界の急激な変化に対応するための社員教育,人材育成のために,社内で自由な会話を促し,社員の小さな声も救い上げていく仕組みをつくることを依頼したことに始まる。プロジェクト・マネージャーというのは岩岡孝太郎である。「ヒダクマHIDAKUMA」は,木材加工販売など森林事業,カフェ・ホステル事業をベースとしながら「木の可能性、森の可能性、地域の可能性、脈々と継承されてきた日本人の暮らしの可能性。そんなありふれた日常に潜む大きな可能性から、新しい価値を生み出すこと。」をめざすとうたう。
岩岡,柿木が参加したのはSession10(ゲストコメンテーター:馬場正尊|Open A、西田司|オンデザインパートナーズ。登壇者:岩岡孝太郎、中村俊哉+藤井愛、清水靖真、篠元貴之、西野雄一郎、柿木佑介、水野太史、細谷悠太、吉川晃司、伊藤智寿、佐藤布武)であった。

図⑥abc 共栄鋼材可児社屋Ⅰ期 Ⅱ期 Ⅲ期 @パーシモンヒルズ
岩岡を通じて参加を求められたパーシモンヒルズがまず行ったのは,社員の交流のためのスペースを組み込むための可児社屋の改修である。2022年から2024年にかけて3期にわたって実施された。その仕事が評価されたことから,ほとんど設計が完了していた扶桑工場へのアドヴァイスを求められ,工場の周りに細長い建屋を追加することを提案,受け売れられた。今では,コンサルタント契約を結び,「チーム共栄」として,日常的にコンサルタント業務を行う関係になっているという。
大企業であれば自社内に営繕部を抱え込むことができるのであるが,中小規模の企業では、会社の諸施設を社内で一貫して整備していくわけにはいかない。すぐれた建築家に持続的に相談できるのは企業にとって大きなメリットである。また,建築事務所も経営を安定化することが出来る。「チーム共栄」そのモデルを示しているということである。パーシモンヒルズは,ひとつステップ・アップしたことになる。

図⑦abcd 共栄鋼材扶桑工場(森のなか幸せ工場) @パーシモンヒルズ
大塚保育園ー2段階コンペ・公開ヒヤリング方式
現在進行中のプロジェクトは,愛知県蒲郡市の「大塚保育園」と木材メーカーの「アパートメント」である。この2つはCLT版を使うという点でつながりがある。
「大塚保育園」は,「上有住地区公民館」に続いて「公募型プロポーザル方式」のコンペで設計者に選ばれた。2024年4月公募要領公布,6月1次(書面審査),8月2次審査(プレゼンテーション及び審査委員会),9月契約締結,2025年3月末基本設計業務完了 という,相変わらずの年度内予算執行に縛られた慌ただしいプログラムである。公共建築の設計は,若い建築家にとって最初のステップであるが,この短期間にまとめる力が必要とされる。実力がさらに認められつつあるということであろう。
設計コンペについては,少なくない審査員経験から思うところがある。詳細は他に譲るが6[vi],日本独自の国交省大臣官房官庁営繕部が推奨する「プロポーザル方式」といわれるコンペについては問題が多い。第1に,プロポーザル方式といいながら,設計(プロポーズ)案ではなく,設計者の実績,経験で選ぶという運用がなされていることがある。設計者を選ぶのだから,提案は最小限,シングルライン(単線)の表現以外はしてはならないなどというマニュアルが,国交省に意を受けた公共建築を推進するという機関から自治体向けに推奨されているのである。設計者の実績,経験というが,それは組織の実績なのか,設計担当者の実績なのか。実績を基にするのであれば,新たな挑戦,創造的試みはむしろ妨げられるのではないか。設計案はシングルライン(単線)で描くのはいいが,図面や模型,CGを用いた具体的な提案は行ってはいけないというような運用が行われるのは本末転倒ではないか・・・等々。プロポーザル方式において,既往の実績の評価で設計者を選定するのであれば設計コンペは必要ない。組織事務所にとって,設計コンペへの参加は多大な労力を要するから簡素化して欲しい,行政機関にとって,指名料など設計競技にコストをかけたくない,手続きを簡略化したいという意向が一致することで生みだされたのが日本独自のプロポーザル方式である。一般社会から見れば,すなわち,市民にとってみれば,建築業界内に閉じた方式である。最大の問題と思われるのは,実績重視によって,才能豊かな若い建築家の参入機会を予め封じていることである。
「大塚地区保育園設計業務プロポーザル 公募要領」を確認したけれど杞憂であった。いわゆる「プロポーザル方式」のコンペでは全くない,本来のコンペである。しかも,2段階,すなわち,1段階目は応募者資格をできるだけ低くして,創造的案を広く求め,2段階目は提案者のプレゼンテーションを公開の場で行い,審査員との質疑応答も公開の場で行うという,ほぼ同時期に隠岐の島町の「海の見える交流館」のコンペで行ったが,布野がかねて主張し,実践してきた方式とほぼ同じである。
パーシモンヒルズのプレゼンテーションは、質疑応答を含めてYou Tubeで見ることが出来る。この公開性は重要である7[vii]。
廣岡周平,柿木佑介,そして構造設計を担当した佐藤淳構造設計事務所出身の福島佳浩(Graph Studio,愛媛大学)のプレゼンテーションは,プログラムについて徹底してスタディに基づいた提案の密度を感じさせる迫力である。審査員(委員長 原田真宏:太幡英亮, 仲綾子,安井秀夫,𠮷元学)とのやりとりも真剣勝負である。
保育園という小さな施設かもしれないけれど,さらに小さな公園,公衆トイレといった施設でも,こうした議論をもとに整備されていく,それとともに若い建築家が育っていく,という仕組みがつくれないかということを考え続けてきた。75もの応募があったというが,「海の見える交流館」も離島であるにもかかわらず94もの応募があった。求められているのはこうした試みの拡大である。
審査講評は,「提案は、大塚の自然に溶け込む優雅な大屋根の下で多様な居場所をつくりだしつつ、エントランスから「おおつか広場」を通して園庭へと内外をおおらかに繋ぐ優れたデザインと評価されました。」という。保育園については,藤本壮介,平田晃久らが応募した滋賀県守山市の「浮気保育園」のコンペ(2013)の審査に当たった経験があるけれど,立地が違うから一概に比較できないけれど,プランニングについてはうまい解答だと思う。大きく必要に応じてカットできるCLT版によるヴォールトの大屋根をかけ,職員管理室によって,0-1歳児と2-5歳児のスペースを大きく分けた上で,多様なスペースを配するというプランニングは明快である。
CAD,CAMの登場によって多様な建築形態が競われるようになって久しいが,多くの建築家,構造家がシミュレーションに頼り,建築架構のシステム,原理についての意識が希薄になる中で,パーシモンヒルズは,「宝性院観音堂」にしても「上有地区公民館」にしても,「妙善寺本堂」にしても,新たな架構システムを試みてきている。構造デザイン,架構システムについての創意は,すぐれた建築家の基本的なセンスであり,能力である。
木材メーカーのアパートメント
現在建設中なのが,岡山県真庭市の木材メーカーのアパートメント・プロジェクトである。木材メーカーとの関係は,(財)日本CLT協会が開催した2017年の住宅展示場(岡山市)のデザインコンペに遡る。最優秀案に選ばれたけれど実現に至らなかったのであるが,その経緯を知っていた木材メーカーから建設を依頼されるのである。集成材とCLTを製造するメーカーであり、,周辺を取り囲むように戸建て住宅が建ち並んでいる大きな工場跡地に巨大な倉庫を建てる計画を進めており,その敷地の一部に社員寮とともに地域に開かれた場所をつくって欲しい,具体的には社員寮と一般賃貸住宅を合わせて約40戸のアパートメント(図⑧)の設計を依頼されるのである。

図⑨ 木材メーカーのアパートメント
公共性の高い開かれた場所と社員寮という特定の強いコミュニティは一般には相いれない。そこでワークショップを重ね、社員以外も入居の対象とすること、公園をつくること、入居者以外も使うことができる寄り合い所と大きなキッチンを設けること、それらを大きな半屋外空間でつなげることなどを提案する。住戸には共有土間、内土間、前庭といったレイヤーを設けることで、外部空間や半屋外空間が特定の誰かの領域として固定されないように,公園、大きな軒下、庭、大きな廊下を共有する,1 人でそこに居ても良い、「弱いコミュニティ」としてつながる場所を考えたという。2 つの玄関を設け、キッチンやトイレに両方向からアクセスできるプランとすることで、ちょっとしたお店や SOHO としても使うこともできる。世帯住戸と単身住戸が1セットになっている棟は、2つまとめて二世帯住居として使用することも想定している。
CLT使用は前提であり,CLT 折板構造 ( 斜材 ) と木軸 ( 弦材 ) との組み合わせによるトラスを形成する構法を開発した。CLT 折板は 3640 を1つの単位としている。これは単身住戸が1つ納まる寸法である。折板の懐内は配管スペースになっており、住戸内に入らずにメンテナンスが可能である。このCLTと集成材を組み合わせた新工法により、3000㎡の木造ピロティを実現している。うまくいけば,実にユニークな木造集合住宅モデルになるであろう。

図⑨ 芝公園のオフィス
引き戸の枠組 トブクロ ー ストリー屋台から都市へ
柿木佑介と出会ってまもなく,自宅の二階を仕事場にしていた頃,天井に届きそうな「芝公園のオフィス」(図⑨)の巨大な模型を製作中だった頃,いろいろ話すなかで,卒業設計をみせてもらうことになった。それが「引き戸の枠組み トブクロ」という奇妙なタイトルが強烈な印象に残った。「時間の流れや状況によって動き続ける枠組の提案。透明だが固定的なハコモノではなく、動いているということによって、真の透明性と柔軟に変質し続ける場を獲得する。建築の密度自体が変化していく。訪れる度に表情が違う、新たな風景を創り出す。」と書いている。「戸袋」と「引き戸」から都市全体の構成にまで至る方法論の展開のように思えたのである。

あらためて聞くと,次のように書いて送ってくれた。
「今卒業設計を振り返ってみると、「ストラクチャー」への興味は卒業設計の時から一貫して持っていたようです。文字通り構造体という意味と、構造主義的な場所を規定するものとしてのストラクチャーの二重の意味を指しています。機能というものをあまり信用していない。機能は社会の急速な変化の中で変わり続けるものであり、機能を根拠としない状態を目指すという考え方をこの当時から持っていたのだなと。案としては、引き戸を納める戸袋が構造体であり、設備を納める部分でもあり、そこを基軸に空間を仕切って室内化し、使われていない時は開放して外部になるというようなものです。その状態では大小さまざまな戸袋だけがバラバラと建っていて、土木構築物のようなオブジェのようなものとして、人の居場所のきっかけになると考えていました。引き戸の仕上げにも色々なバリエーションがあって、アクティビティを誘発するものになっています。
独立してから学童保育の内装設計をした際に実現しています。アメリカ山ガーデンベース8[viii]また、層を跨ぐ大きさの引き戸もあり、それを動かすことで断面的な関係も動いていくようなことをイメージしていました。断面的な変化はありませんが実作として引き戸で関係性を動かしていくことは試みています。「二戸一の大きな家」9[ix])
当時は物質的な透明性について徹底して否定的だったようで、引き戸の中にガラス框戸がありません。関係性が動き続けることが真の透明性だというようなことを主張しています。
また、建築の使用されている度合い=使われ方の密度ということを言っています。あらかじめ設定されている密度よりも明らかに低い密度の使用感だと、何かそこは寂れていて、人気がなく、物騒な場所になってしまう。商店街のシャッター街を例として、そのようなことを言っていました。そのあらかじめ設定されている密度自体を変えることができれば、使われ方が変わったとしても、良い環境を保持できるとしています。
外との関係、隣との関係を調節する。好き勝手に部屋をつなげていくことができる。賃貸という名の合法的占拠(←今見ると不思議な言葉をつかっています)によって領域、境界が動き続ける。自分の居場所を広げたり狭めたり、開いたり閉じたりして、それらが相互に作用し合う。フレームが変化し続ける。そして使われない時はすべて開ききり、内としての強度は消え、庭のような、公園のような場所となる。
「機能」の否定、ガラスなどの「物質的な透明性」の否定など、近代の産物への挑戦が随所に見えます。図版のキャプションの中に、近代建築の5原則になぞらえたものも書いていました。
・自由に変化する平面・表情が変化する立面・現れては消えるピロティ・伸縮する横長の窓・垂直に抜ける庭園
機能に縛られずに建築が動き続けることが真の透明性であり、訪れる度に表情が異なる新しい風景を獲得するとしています。 柿木 佑介 / Yusuke Kakinoki」
この一貫性は,というか,方法への拘りは,『建築少年の夢』に登場する建築家に共通する。
柿木佑介は,リーマンショックの年に卒業し(2008),3.11(2011)を経験した自分たちの世代は,「形を積極的につくらない」時代の流れの中にいる,設計以前の問題や建築周縁の社会的文化的背景に興味が向かう傾向がある,という。上の世代すなわち「形を積極的につくる」世代はというと,若手建築家の地位を確立したとされる藤本壮介(1971~),原田真宏(1973~)、長谷川豪(1977~),石上純也(1974~)らという。いずれも接点が薄く,『進撃の建築家たち』で扱う機会はなかった。同じ1970年代前半生れの建築家を多く扱っているのであるが,正直言うと,『新建築』『住宅特集』とか『Casa Brutas』に取り上げられる建築家については,敬して敢えて扱わないということはあったかもしれない。しかし,形を積極的につくる」世代ということはないのではないか。フォルマリズムもコンテクスチャリズムも、それぞれ系譜がある。大きくは,世界に先駆けて人口減少社会に突入した日本の社会経済状況が世代に大きな影響を及ぼすということはあるだろう。
しかし,「形をつくる」にしても問われるのは方法論である。『建築少年たちの夢』では,伊東豊雄の建築手法を「建築」の永久革命と評したが,誰も,伊東を「奇をてらった建築」をつくり続ける建築家とは思わないだろう。いずれにしろ建築家は最終的には,「かたち」に責任をもたなければならない。パーシモンヒルズは,その王道を進んでいるといっていいのではないか。例えば,かつてのメタボリズムの理論を踏まえた上で,「時間の流れや状況によって動き続ける枠組の提案。透明だが固定的なハコモノではなく、動いているということによって、真の透明性と柔軟に変質し続ける場を獲得する。建築の密度自体が変化していく。訪れる度に表情が違う、新たな風景を創り出す。」ということをさらに理論化するとすればどうなるのか。

図⑪ 高円寺マシタ屋台
パーシモンヒルズは,すでにその方法を積み重ねてきている。建築の建てられる場所,地域の読解方法,「クライアント・施工者・使用者・地域関係者との関係性をネットワーク図」の作成方法,「架構システム」の発見,ディテール,建築要素の創意工夫などを理論化し,一般にもわかりやすく伝えることが必要な段階になっている、と思う。
パーシモンヒルズの仕事は上で触れた建築のみならず,かなり広がりつつある。大和町ふらっと広場(中野区)やホームグラウンドである「高円寺マシタ屋台」(図⑩)のスケールからやがてより大規模なプロジェクトへ展開していく予感がある。
将来、どんな建築家になろうと思ってるのと聞くと、「まずは学会賞を獲って、プロツカーショーを目指します」と即答。その意気や良し、である。
1[1] PERSIMMON HILLS architects | パーシモンヒルズ・アーキテクツ | 一級建築士事務所|日本
2[1] A-Forum : 第20回AB研 これからを担う若手建築家の活動と実践 01「PERSIMMON HILLS architects」
3 婆沙羅の世界ー曹洞宗永正寺を見てー,建築文化,197909
4 周回遅れのトップランナー,「栄照寺」を見て,建築文化,彰国社,199304
5 『群居』2号(1983年7月)の特集テーマは「セルフ・ビルドの世界」である。巻頭にクリストファー・アレグザンダーの「アーキテクトビルダーの原理―パラダイムの転換を求めて―」(中埜博訳)を置き,柏木博「産業デザインと手仕事」,ジャン・ワンプラー「土地への刻印―全て彼ら自身のもの」、石山修武「自立建設詩論」,高島直之「建築は幻想ではない―プロジェクトからセルフ・ビルドへ―」などの論考とともに,「セルフ・ビルドの可能性と限界」と題して,石山修武+大野勝彦+渡辺豊和+布野修司の4人で議論している。「五島列島の観音堂」「どろぼうの家―畠中真啓邸―」「ガラスビンの家」「岩窟ホテル」「機ッ械館―三宅邸」「生闘学舎」など具体例をあげ,“Wohole Earth Catalog”やI.イリイチ,E.F.シューマッハーなどの著作を参考文献としてあげている。『群居』は,全冊ダウンロードできる。
6 「2 公共建築と設計コンペ」第Ⅴ章「コミューンとコミュニティ・アーキテクトー建築家の未来」(布野修司(2025)『持続可能な地球をデザインせよ! 建築と都市の未来』柏書房)。
7 発表者3 株式会社PERSIMMON HILLS architects大塚地区保育園設計業務プロポーザル二次審査プレゼンテーション3 株式会社PERSIMMON HILLS architects
8 https://architecturephoto.net/69934/ 9https://www.modernliving.jp/architecture-design/architecture/a66044160/next-architects-20-persimmonhillsarchitects-philosophy/
[i] PERSIMMON HILLS architects | パーシモンヒルズ・アーキテクツ | 一級建築士事務所|日本
[ii] A-Forum : 第20回AB研 これからを担う若手建築家の活動と実践 01「PERSIMMON HILLS architects」
[iii] 婆沙羅の世界ー曹洞宗永正寺を見てー,建築文化,197909
[iv] 周回遅れのトップランナー,「栄照寺」を見て,建築文化,彰国社,199304
[v] 『群居』2号(1983年7月)の特集テーマは「セルフ・ビルドの世界」である。巻頭にクリストファー・アレグザンダーの「アーキテクトビルダーの原理―パラダイムの転換を求めて―」(中埜博訳)を置き,柏木博「産業デザインと手仕事」,ジャン・ワンプラー「土地への刻印―全て彼ら自身のもの」、石山修武「自立建設詩論」,高島直之「建築は幻想ではない―プロジェクトからセルフ・ビルドへ―」などの論考とともに,「セルフ・ビルドの可能性と限界」と題して,石山修武+大野勝彦+渡辺豊和+布野修司の4人で議論している。「五島列島の観音堂」「どろぼうの家―畠中真啓邸―」「ガラスビンの家」「岩窟ホテル」「機ッ械館―三宅邸」「生闘学舎」など具体例をあげ,“Wohole Earth Catalog”やI.イリイチ,E.F.シューマッハーなどの著作を参考文献としてあげている。『群居』は,全冊ダウンロードできる。
[vi] 「2 公共建築と設計コンペ」第Ⅴ章「コミューンとコミュニティ・アーキテクトー建築家の未来」(布野修司(2025)『持続可能な地球をデザインせよ! 建築と都市の未来』柏書房)。
[vii] 発表者3 株式会社PERSIMMON HILLS architects大塚地区保育園設計業務プロポーザル二次審査プレゼンテーション3 株式会社PERSIMMON HILLS architects
[viii] https://architecturephoto.net/69934/
[ix]https://www.modernliving.jp/architecture-design/architecture/a66044160/next-architects-20-persimmonhillsarchitects-philosophy/画である。




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