建築主の責任と建築行政の役割-国民のための建築法を作ろう
神田 順
6 建築主責任と社会資産としての視点
専門家が建築の質を設計するといっても、建築主の要求条件が整わないと質は達成されない。建築基準法に最低基準が定められていることが、質の高い建築となることを妨げることになっている面もある。少なくとも、長く使うということを前提に、建築の質が設定されることが望ましいし、性能という意味では、その意味を建築主が十分に理解した上で判断する必要がある。空間を占有するという意味で、社会に対して、責任を有するということである。近年、住宅や建築を収益目的のために用いるという状況が生まれており、質を要求するとか、性能のバランスを求めるとかの視点が、建築主に失われがちであることは、社会にとって大きな損失である。
例えば、どの程度の構造安全性が望ましいかという性能の決定は、私有財産であっても、人間の寿命よりも長く使われることがあたり前であることや、建築主が変わること、使用者が変わることを考えると、社会性を考えるべきであり、社会資産としての視点は必要である。
建築物の倒壊が、近隣や周辺に迷惑を及ぼすことを考慮すると、使用者の安全以上に、社会資産としての安全性要求を満足すべきものでもある。国が建築基準法で最低の基準として定めたものを満足していても、想定を上回る自然事象により被害が発生することはありうるし、その可能性や被害の程度を予測することから、専門家は十分な説明を行った上で、それを踏まえて、建築主として適切な構造安全性を判断すべきである。
社会通念としての一般的な安全性とすべきか、より高い性能を持たせるべきかの判断も容易ではないが、少なくとも設計時点にあって、専門家の説明を理解した上で、判断すべきである。法律や条例規制に任せるということでは、建築主としての責任を果たしたことにならない。専門家も、単に法律を満足しているから良いということでなく、その土地に、適切な性能を有する建築が存在することが、社会にとっても望ましいことをしっかり判断し、説明できなくてはいけない。
構造安全性はその意味で、社会性にかかわる性能であるが、地球環境や景観、さらには、健康にかかわる性能については、何を指標にすることで質を表すことができるか、必ずしも容易ではないが、それゆえに一層、専門家の理解とそれに基づく、建築主の責任は大きな意味を持つ。
法の中で、そのような建築主の責任を謳うことは、現在の建築基準法の「建築する自由」を原則とした最低限規制に対して、大きな変革であり、経済活動への制約となることから抵抗を受けることも想像しうるが、長期的視点からは、豊かな社会資産を生むことになると考えるべきであろう。本来、建てるべきでないものを建てることによって経済活性化を期待するというようなことであっては、資源を浪費し、無駄にエネルギーを消費し、地球環境を台無しにしているわけである。建築の存在が、社会をよりよい環境にすることに対して、責任をとる建築主の姿勢こそが、求められるわけである。 建築基本法に期待される最大の意識変革は、私有財産から社会資産への認識の変革である。そのことが、理念としての、建築が社会に対して果たす役割を果たすことであり、社会資産であればこそ、建築主の責任という、社会に対する役割が見えてくるのである。権利と義務の両側面を見ることでもある。住むことにおいて幸福追求権を保証すると同時に、土地を占有するに当たって社会に対して果たす義務を伴うことを、国民として共通認識としようということである。
参考文献
1)持続可能社会と地域創生のための建築基本法制定、建築基本法制定準備会編、A-Forum出版、2020年
2)耐震強度」とは何か、神田順、科学vol.76,4、2006年、pp.356-363
3)耐震偽装問題は建築基準法が原因!、インタビュー神田順、建築知識2006年5月号、pp.75-77
4)神田 順「安全な建物とは何か」技術評論社、2010年
5)神田 順「『イタリアン・セオリー』から考える我が国の建築構造基準」2016年8月、日本建築学会大会講演梗概集20011
6)1998年建築基準法改正に思う、神田順、鉄鋼技術1999年4月、pp.56-59
7)そもそもいかにあるべきか―建築の豊かさと法規制―、西一治、科学vol.74.9、2004 年、pp.1078-1082
8)建築の質の向上に関する検討報告書、日本建築学会、国土交通省平成20年度建築基準整備促進補助金事業、2009年3月





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