Port Cities in the Asian Ocean World Principles of Multi-ethnic Coexistance
店屋と四合院
Shophouse & Courtyard House
アジア海域世界の港市 ―異文化共生の原理―店屋と四合院
布野修司・趙冲編
京都大学学術出版会 2026年

■編著者
布野修司(ふのしゅうじ)
日本建築学会名誉会員.滋賀県立大学名誉教授.1949 年,松江市生まれ.工学博士(東京大学).一級建築士.建築計画学,地域生活空間計画学専攻.東京大学工学研究科博士課程中途退学.東京大学助手,東洋大学講師・助教授,京都大学助教授,滋賀県立大学教授,副学長・理事,日本大学特任教授・客員教授.『インドネシアにおける居住環境の変容とその整備手法に関する研究』で日本建築学会賞受賞(1991 年),『近代世界システムと植民都市』(編著,2005 年)で日本都市計画学会賞論文賞受賞(2006 年),『韓国近代都市景観の形成』(共著,2010 年)と『グリッド都市:スペイン植民都市の起源,形成,変容,転生』(共著,2013 年)で日本建築学会著作賞受賞(2013 年,2015 年).「アジアの視座からの世界住居・都市研究の飛躍的発展ならびにタウン・アーキテクトの研究・実装に関する多大な貢献」で日本建築学会大賞(2025)受賞.
趙冲(ZHAO CHONG)
中国蘇州大学建築学院教授.日本建築学会会員.中国建築学会会員.1981 年,中国山東省青島市生まれ.環境科学博士(滋賀県立大学).建築計画学,中国民居建築専攻.中国福州大学講師,准教授,教授・建築学科長・学部長補佐,関西学院大学建築学部海外招聘教授.中国建築学会建築史分会常務理事,中国建築学会民居専業委員会理事.『閩東地区海港城市伝統民居類型及変容』(2022 年),『世界都市史事典』(共著,2019 年).「中国福建省土木建築学会・十大住宅賞」受賞.
■執筆担当
韓勝旭(한승욱 ハン・スンウク)
近畿大学建築学部准教授.1975 年,韓国大邱市生まれ.工学博士(京都大学).都市編集学,都市再生学専攻.京都大学工学研究科博士.釜山研究院研究委員,韓国住宅都市保証公社住宅都市金融研究院次長,韓国国土国交通部都市再生ニューディール事業審査委員,韓国国土国交通部都市衰弱地区生活改善事業総括コーディネーター.『密集市街地の再生における住環境運営主体の形成に関する研究』(博士論文,2010 年),『済州・都市・建築の文化と環境』(共著,2013 年),『まちづくり中間支援:まちづくり支援センターの全国的現況と展望』(共著,2013 年),『創造性と都市』(共著,2013 年),『創造的都市再生―釜山再生の物語』(共著,2012 年).
ヒメネス・ベルデホホアン・ラモン(Juan Ramon Jimenez Verdejo)
滋賀県立大学准教授.1968 年セヴィージャ生れ.スペイン公認建築家.神戸芸術工科大学博士(芸術工学)建築計画,都市計画,芸術工学専攻.1996 年,セヴィージャ大学工芸学部大学院E.T.S.A.S 卒業.2003 年,神戸芸術工科大学大学院博士課程芸術工科研究科修了.神戸芸術工科大学特別研究員(2003~2006).日本学術振興会外国人特別研究員(2006~2008). ‘Considerations concerning French Urban Influenceon Spanish Colonial Cities on the Island of Cuba’(JAABE BEST Paper Award 2019),『グリッド都市:スペイン植民都市の起源,形成,変容,転生』(共著,日本建築学会著作賞受賞2013 年).
内海佐和子(うつみさわこ)
静岡県立大学経営情報学部教授.1966 年,神奈川県藤沢市生まれ.博士(学術)(昭和女子大学).建築計画学,住居学.昭和女子大学大学院生活機構研究科博士課程単位修得満期退学.昭和女子大学非常勤講師,室蘭工業大学准教授を経て現職. “Influence of the Tourism Business on the Facades of Townhouses in the Case of Hanoi’s Ancient Quarter”(単著,2017 年),「観光地化する町並みにおける店舗の経営形態別による景観の変化ベトナムの世界遺産ホイアンチャン・フー通りの場合」(単著,2020 年),『住まいの百科事典』(共著,2021 年),『世界都市史事典』(共著,2019 年),『生きている文化遺産と観光住民によるリビングヘリテージの継承』(共著,2010 年)ほか.
脇田祥尚(わきたよしなお)
近畿大学建築学科教授.1969 年,広島市生まれ.京都大学博士(工学).建築計画,都市計画専攻.京都大学工学研究科博士課程中途退学.島根女子短期大学講師,広島工業大学助教授,近畿大学理工学部准教授を経て現職.著書に『スラムの計画学カンボジアの都市・建築フィールドノート』(2013年),『みんなの都市計画』(2007 年)ほか.
田中麻里(たなかまり)
群馬大学共同教育学部教授.日本建築学会総務理事.1968 年,京都市生まれ.京都大学博士(工学).建築計画学,住居学,住教育.京都大学大学院工学研究科建築学専攻単位取得.群馬大学総合情報メディアセンター長,国際センター長,執行役員,副学長歴任.日本建築学会奨励賞受賞(2005).『タイの住まい』(単著,2006)『東南アジアの住居』(共著,2017 年)『住まいの百科事典』(共編著,2021年).
ナウィット・オンサワンチャイ(Nawit Ongsavangchai)
チェンマイ大学教授.1974 年,バンコク生まれ.工学博士(京都大学).コンケーン大学建築学部建築学科.Crayon Architects s 設計事務所勤務,チェンマイ大学建築学部講師,京都大学大学院工学研究科生活空間学専攻修士,同大学院工学研究科建築学専攻博士.チェンマイ大学建築学部アジア都市建築研究所主宰.東南アジアの建築史・都市史・都市型住居のショップハウスの焦点に『東南アジアの住居:その起源・伝播・類型・変容』(共著,2017 年).Hanabitate(花美建)建築設計事務所代表.Lanna Rice Research Center,Chiang Mai University でGolden Pin Design Award ベストデザイン賞(2024).
山根周(やまねしゅう)
関西学院大学建築学部教授.1968 年,宮崎市生まれ.京都大学博士(工学).建築計画,地域生活空間計画専攻.京都大学大学院工学研究科建築学第二専攻博士課程研究指導認定退学.滋賀県立大学人間文化学部助手・講師・准教授,関西学院大学総合政策学部准教授,関西学院大学建築学部准教授を経て現職.『シルクロード学研究30 インド洋海域世界における港市の研究:インド・カッチ地方を中心として』(編著,2008 年),『ムガル都市:イスラーム都市の空間変容』(共著,2008 年),「ヤンゴン・ダウンタウンにおける華人会館の分布とその変容に関する考察:構成団体から見た会館分布の空間特性―」(共著,2022 年),「ドイツ統治期の中国・青島市・大鮑島地区における里院街区の形成と変容に関する考察」(共著,2023 年)など.
池尻隆史(いけじりたかし)
近畿大学建築学部准教授.1976 年奈良県生まれ.千葉大学・博士(工学).建築計画・建築構法・建築生産.千葉大学大学院自然科学研究科博士後期過程修了.東京理科大学嘱託助手・嘱託助教,千葉大学大学院助教,近畿大学建築学部講師を経て現職.『ネイティブタウン(インド,ムンバイ)におけるチョールの類型に関する研究』(2006),『図説建築構法』(共著2018),『世界都市史事典』(共著2019),『チョウリンギー地区(インド,コルカタ)の変容に関する考察』(共著2022)ほか.
山田協太(やまだきょうた)
筑波大学芸術系准教授.1977 年,新潟生まれ.デザイン学,南アジア・インド洋世界地域研究,建築学.博士(工学)・鳥取環境大学助教,京都大学アジア・アフリカ地域研究研究科助教,総合地球環境学研究所メガ都市プロジェクトコアメンバー等.『メガシティ2 メガシティの進化と多様性』(共編,2016 年)・Digital Technology Mediated Integration of Area Study and Design Study(Co-Author,2022).
岡村知明(おかむらともあき)
京都市文化財保護課文化財保護技師文化財建造物修理主任技術者.1982 年宇都宮市生まれ.建築史,都市史.滋賀県立大学大学院人間文化学研究科博士課程修了博士(学術).国士舘大学21 世紀アジア学部附属イラク古代文化研究所特別研究員.「クティチラ地区(カリカット)の街区構成と住居類型に関する考察」(2023 年),「インドにおける歴史的港市の形成と変容に関する研究;カッチ地方のマンドヴィ,ムンドラ,バドレシュワルを事例として,滋賀県立大学博士論文」(2010 年)等.
柳沢究(やなぎさわきわむ)
京都大学大学院准教授.1975 年,横浜市生まれ.京都大学博士(工学),一級建築士.建築計画学,住居計画学,建築設計.京都大学大学院工学研究科修士課程修了.神戸芸術工科大学助手,究建築研究室代表,名城大学准教授を経て2017 年より現職.著作に『住居計画学入門』(共編著,2024 年),『住経験インタビューのすすめ』(共著,2019 年)ほか.
口絵
はじめに
序章 港市のネットワーク―― 権力・物・情報・交換
1 海域世界と港市
2 コスモロジーとネットワーク
3 港市
4 植民都市
5 都市住居
6 本書の構成
第I 章アジア海域世界の港市
1 アジア海域世界
2 航海記の中の港市
3 船と航海術
4 陶磁の道
5 海洋遺産―― 水中考古学の展開
第II 章東アジア海域の港市
◎東アジア海域の港市概観
1 東アジア海域の興亡
2 東シナ海域・日本海域
2―1 日本の港市
2―2 博多―― 日本最古の湊
2―3 長崎―― キリシタン・出島・開港場
2―4 釜山―― 対馬海峡の要港
2―5 那覇―― 琉球王国・島津藩・米軍基地
2―6 寧波―― 中国北海交易の中心
3 台湾海峡
3―1 台湾
3―2 台北―― 化外の地のフロンティア
3―3 馬公―― 台湾海峡の中継港市
3―4 福州―― 閩越の風水港市
3―5 泉州―― ザイトゥーンと呼ばれた世界港市
3―6 漳州―― ガレオン交易の中国拠点
4 南シナ海域
4―1 広州―― 中国の南玄関
4―2 マカオ澳門Oumùhn, Àomén―ポルトガルの東アジア基地
4―3 海口―― 中国南海移民の港市
Column I 朝鮮半島の漁港―― 日本人移住漁村
TUD(Typology of Urban Dwellings 都市住居の類型)I 四合院
Column II 倭寇と海禁
TUD II 店屋と亭仔脚
Column III フランシスコ・ザビエルとポルトガル海商
TUD III 柴欄厝・手巾寮・竹筒屋
第III 章東南アジア海域の港市
◎東南アジア海域の港市概観
1 東南アジア海域の興亡
2 フィリピン海域―― スペイン帝国と中華帝国の邂逅
2―1 スペイン東インド
2―2 マニラ―― スペイン東インドの首都
3 ベトナム沿海域
3―1 ハノイ―― 南海小中華の都
3―2 ホイアン―― 日本橋のある港市
3―3 プノンペン―― アンコールの港市
4 タイランド湾
4―1 アユタヤ―― インドシナ一大港市国家の首都
4―2 パタニ―― マレー地峡の港市
4―3 ソンクラー―― 獅子の港市
5 マラッカ海峡
5―1 シュリーヴィジャヤとマジャパヒト
5―2 マラッカ―― 東洋・西洋の交差点
5―3 バンテン―― パジャジャラン王国の港市
5―4 ジョージタウン―― フランシス・ライトが造った街
5―5 シンガポール―― ショップハウス・ラフレシアの街
TUD IV ショップハウス・ラフレシア
Column IV 南洋日本町と御朱印船
第IV 章インド洋海域の港市
◎インド洋海域の港市概観
1 インド洋海域の興亡
2 ベンガル湾海域
2―1 エーヤワディ流域519☆
2―2 ヤンゴン(ラングーン)―― 終戦の都市
2―3 コルカタ―― 歓喜と宮殿の都市
3 南インド海域
3―1 チェンナイ―― サントメ伝説の港市
3―2 ナガパトナム―― ナゴール・ダルガーとシンガポール・フラッグ
3―3 ラーメシュワラム―― ラーマーヤナの聖都
3―4 ゴール―― 鄭和とオランダ要塞
3―5 コロンボ―― 英アジア航路の中継港
3―6 コーチン(コーチ)―― ポルトガル領インドの最初の首都
3―7 コージコード(カリカット)―― ジャンク船とダウ船の乗継港
3―8 ムンバイ―― 大英インド帝国のプレジデンシー・タウン
4 グジャラート海域
4―1 スーラト―― ムガル帝国の最大港市
4―2 カンベイ―― グジャラートの古港市
4―3 ムンドラ―― カッチ湾大湿地帯の港市
5 アラビア半島
5―1 マスカト―― ペルシア湾口の城塞港市
5―2 アデン―― 幸福のアラビアの港市
5―3 モカ―― コーヒーの積出港
6 東アフリカ沿海域
6―1 ラム―― 生きたスワヒリの古都
6―2 モンバサ―― スワヒリ・グジャラート・オマーンの港市
6―3 ストーンタウン―― アフロアジアの交点
6―4 キルワ―― スファール金で栄えた港市
TUD V ハヴェリ
Column V 仏教の伝播サンスクリット・コスモスとパーリー・コスモス
TUD VI ダッチ・ヴェランダ
Column VI 大英帝国とアジア
TUD(Typology of Urban Dwellings 都市住居の類型) VII 都市住居の起源
結章 異文化共生の原理―― 分散型自立組織のネットワークを目指して
1 アジア海域世界の現在
2 港市ネットワークの世界史
3 港市の形態
4 棲み分けのかたち―― 異文化対立・融合・共存
5 店屋と四合院―― 都市住居の世界史
おわりに
主要参考文献/欧文文献/日本語文献/中国語文献/関連論文
索引
著者紹介
はじめに
世界は,いま,大きく転換しつつある.
第二次世界大戦後の世界を規定してきた冷戦構造が崩壊(ベルリンの壁崩壊(1989 年
11 月),ソ連邦の崩壊(1991 年12 月))して以降,本格的にグローバリゼーションの時
代が到来する.ヘゲモニーを握ったのはアメリカ合衆国であり,世界随一の軍事力を
背景にアメリカ合衆国によって世界が主導されていく時代が開始された.アメリカ合
衆国のヘゲモニーは,しかし,21 世紀に入って,9.11(2001)の同時多発テロ,イラ
ク戦争(2003)によって揺らぎ始める.そして,リーマンショック(2008)が世界経
済に深刻な打撃を与えた.
その一方で,大きく抬頭してきたのが中国である.北京オリンピック(2008),上
海エクスポExpo(2010)を成功させ,中国が国内総生産GDP で日本を抜いて世界第
2 位となったのは2010 年である.そして,アメリカ合衆国にアメリカ・ファースト
を唱えるD. トランプ政権が誕生すると(2017~2021),イギリスのブレグジットBrexit
など自国第一主義を唱える経済ナショナリズムが世界各地で顕著になる.また,民主
主義(自由主義諸国)vs 権威主義(中国,ロシア他)という新たな世界秩序の構図が鮮
明に浮上してきた.
「一帯一路」vs「自由で開かれたインド・太平洋」という経済圏の囲い込みをめぐ
る対立構図がそれに重層する.世界経済のヘゲモニーをめぐる米中の対立構造は,こ
れからの世界史を大きく規定していくことになるが,これに割って入るかのように,
ロシア連邦のウクライナ侵攻が開始された(2022.02.24~).第三次世界大戦を引き起
こしかねないこの暴挙の背景には,プーチン大統領の,強大であったソビエト連邦時
代さらにはロシア帝国再興の夢があるとされるが,共通に問われているのは世界資本
主義の行方である.
中国が「一帯一路Yídài yílù」と呼ぶ広域経済圏構想「丝绸之路经济带和21 世纪海
上丝绸之路」(One Belt, One Road Initiative, OBOR)を提案したのは,2014 年のアジア
太平洋経済協力APRC 首脳会議である.それに対して,日本が「自由で開かれたイ
ンド・太平洋戦略」を提唱したのは,2016 年の第6 回アフリカ開発会議(TICADVI)
においてである.
「一帯一路」とは,正式名称が示すように陸路の「シルクロード経済ベルト」=[一
帯]と中国沿岸部から東南アジア,南アジア,アラビア半島,アフリカ東岸を結ぶ海
路の「海上シルクロード」=[一路]の2 つのルートをいう.すなわち,アフロユー
ラシア全体に及ぶ壮大なる経済圏構想である.大モンゴルウルスがユーラシア大陸を
連結し,明・永楽帝の鄭和艦隊がインド洋を横断し東アフリカ東岸までも往復した歴
史を想起させる.
これに対して,日本の「自由で開かれたインド・太平洋戦略」は,「質の高いイン
フラ」整備等により域内の連結性を高めることなどを通じて,法の支配に基づく自由
で開かれた海洋秩序を維持・強化することをうたう.日本の『外交青書』(2017)は,
海域を「国際公共財」というが,かつて海域は,「無主」の場所で,「自由」に行動可
能な領域であった.しかし今や,陸域の国家の支配は海域はるかにも及び,領海,接
続水域,国際海峡,群島水域,排他的経済水域……等々を国連海洋法条約(海洋法に
関する国際連合条約)が規定し,いわゆる「公海」は大幅に狭められ,陸域の支配は大
きく海域に及んでいる.
帝政ロシアへの回帰を思わせるロシアのウクライナ侵攻は,西欧世界の海外進出に
よる世界分割戦の歴史を想起させる.インターネット,SNS が世界を瞬時に繋ぐ一
方,複雑なサプライ・チェーンによる物資の海上輸送が世界各地の日々の生活に直結
していることが改めて認識される.先立ってコロナCovid―19 の蔓延がある.グロー
バリゼーションがもたらすものの限界が露わになり,新たな秩序が求められているこ
とが痛感されてきた.そうした中で,Make America Great Again(MAGA)を掲げるド
ナルド・トランプが第47 代米国大統領に再選された(2025~29).世界最大の軍事力
を持ち,他民族の移民国家であり,民主主義のモデルとされてきたアメリカ合衆国が,
自国第一しかも白人重視,不動産屋的経済取引(ディール)を第一原理とする国際政
治を混乱に巻き込みつつある.
いささか大風呂敷の前口上であるが,本書は,もとより,新たな世界秩序のあり方
を真正面から問うわけではない.この間の海域研究を背景として,「アジア海域世界」
―― 中国のいう[一路],日本のいう[自由で開かれたインド・太平洋]―― の歴史
を港市に焦点を当てて振り返る試みとして構想された.
本書の編者は,この間いくつかの研究テーマ,研究フレームを仮構しながら,アジ
アを中心として様々な都市―― そのなかには多くの港市が含まれる―― について臨
地調査を積み重ね,その成果をいくつかの著書にまとめてきた.しかし,振り返って
みると,これまで焦点を当ててきた都市は基本的に「陸域」の都市であり,「陸域」
の視点からみた都市であった.しかも,王権の所在地である都城に焦点を当てて,そ
のコスモロジカルな秩序を問題にするものであった.いわば「帝国」「大国」の視点
である.イスラーム都市のように,都市ネットワークもテーマにしてきたが,ネット
ワークの全体(中心と周縁)がひとつのコスモスを形成していることが前提であった.
「海域」からみた都市,とりわけ「陸域」と「海域」の接点に位置する港市に焦点を
当ててみると,どういう世界の構図が描けるのか,そういう基本的な問いが本書の基
底にある.
本書が意図するのは,「アジア海域世界」そして「港市」を対象として,「港市」の
基本特性を明らかにするとともにその地域性と多様性を生む原理を明らかにすること
である.その前提として,アジア海域世界の代表的港市について,その起源,形成,
変容,転成の過程を,臨地調査を基にして都市組織(アーバン・ティッシュurban tissues,
urban fabrics),すなわち,都市の形態あるいは空間構成(街路体系,街区構成,住居形式
……)に焦点を当てて明らかにしている.
海は本来「無主」の場であり,「自由」の場であった.そして,港市は,外部から
来る多様な人々に対して,身の安全,滞在の自由,自治的裁判権,物の保管.貯蔵と
交換の自由などを保証し,この中立性が様々な人間を集合させ,物・情報を交換する
ことを可能にしてきた.港市の自律性,交易・契約の自由,多様性の許容,多民族共
住といったルール,原理,システムを生んできた.いま,Web3.0 と言われるネット
ワーク社会について議論される分散型自立組織DAO(Decentralized Autonomous Organization)
に通じる,その原型が浮かび上ってくるのではないか.港市を大きく特徴づけ
るのは,出自を異にする様々な民族集団の棲み分けの原理であり,異文化共生の原理 である.








コメントを残す