建築主の責任と建築行政の役割-国民のための建築法を作ろう
神田 順
2 一人の構造計算書偽装がなぜ社会的事件になったか
2005年、ある民間確認機関(イーホームズ)において、姉歯建築士による構造計算書の偽装事件が発覚した。地震時の保有耐力計算において、恣意的に地震力を低減して構造計算書を作成し、建築確認を受けたというものである。通告を受けた国土交通省住宅局としては、法律における安全基準が侵されたということが、何年にもわたり気づかず放置されたことから大いに驚き、対応が検討された。
遡ると、違反の第1号の建築は大田区内のマンションで、大田区の確認物件であった。民間確認機関だから起きたという訳ではないようである。姉歯物件の多くのマンションの提供者であるヒューザ社長の小嶋は、「自分は被害者であり、確認制度が機能しなかったということから国の責任だ」と主張した。このことが行政に制度的な対応を強いることになったとも言える。2度と起きないような行政的、法的に強い対応を早急にとることとなった。一人の違法行為が発覚したのであれば、それだけで終わってよさそうでもあるが、偽装によって建設された多くの建築が危険なので取り壊すという判断とともに、社会問題化し、行政的対応として法改正も含めた一大事件となってしまった。
もし、建築主事が偽装を発見していたら、事態は変わっていたかもしれない。延床面積にくらべて鉄筋量が少なすぎるということに気付くためには、専門家としての経験が必要であろう。確認行為の中ではとても無理であると行政としては結論づけたように考えるのではあるが、さらに建築主事は研修を重ね、偽装が見抜けるようにしようということで良かったとも言える。
確認機関がしっかり見ていれば防ぐことのできた事案と解釈すれば、一人の違反者を罰するだけで済んだはずであるが、司法の判断としては、そこまでは通常の建築確認の範囲を超えるとされ、確認機関としての責任は、名古屋地裁ではありとされたが、最終的には責任とされなかった。何故、社会的な大事件に発展して、法改正にまでに至ったのかは、改めて検証する必要があるようにも思う。すでに確認された構造計算図書を、さらに幅を広げて詳細に再検証することで、いくつかの不適切な事案が見つかったこともあって、国としては構造諸規定の厳格化運用の方向が示された。
新しく構造計算適合判定機関が設けられ、さらには構造設計1級建築士、設備設計1級建築士という、高度な専門性を期待するものとして新たに資格が設けられた。しかし、このことは、単に制度を複雑にしただけで、そもそも建築基準法規定を守っていれば建築確認が下りるという意味において、基本的に変わっていないし、構造設計1級建築士だからといって、専門的な判断や解釈の権限が与えられるわけでもない。さらには一連の法改正も、耐震性において質の向上が図られるようになったわけでもない。
耐震性能をどの程度にすることが適切かという問題は、高度な専門性を有する。荷重設定の判断、材料の管理、地盤の評価など、法規制で決められていない要素はけっして少なくない。これまでの経験的な判断にもとづき、建築基準法の規制はあくまで最低基準として定められている。しかし、その最低基準は、法律の施行令・告示を含む条文として示され、過去に改正の繰り返されたものであり、最新の工学的な安全性水準の考え方が反映されたものになっていない。それゆえに、行政庁としては、条文の数値を偽装するということは、断じて許されないし、行政的対応による法改正によって事件の再発を防止するということになったわけである。
時刻歴応答計算や限界耐力計算といった、やや高度な計算法で構造設計された建物は、指定構造計算適合性判定機関による審査を経なくてはいけないことになった。建築基準法の適合性を判定するだけなので、特別に機関を新設する必要があったといえるのか今も疑問である。
法の条文が複雑化するほどに、実際の耐震性能との乖離が生じる可能性は多くなる。さらに、専門家としての工夫や判断が、法の条文の画一的な解釈によって認められないということは、専門家の判断が優先されないということによる社会にとっての損失を招くという面も起こりうる。
2000年に告示で登場した「限界耐力計算法」は、地震力算定にあたり、個々の地盤の条件を考慮することができるという意味で、工学的知見を反映したものになったにも関わらず、構造計算書偽装事件を受けた法改正により、実質的に使われなくしてしまった。新しい知見により、地震力を低減しても同等の安全性が確認できれば、新しい知見を活用することが認められるべきであるのに、十分議論することなく、低減させない規定としてしまった。この点は、先に述べた、実際の耐震性能と法による規制との乖離を、過去の規制としての法律優先という形で運用されたという意味から、社会にとっては損失を招くことにつながっている。
必要保有耐力を2分の1に低減するという偽装をして設計したものが、限界耐力計算で検証したところ、地盤の影響によって安全となる場合も指摘された。その場合、保有耐力計算における地盤の効果の数値は過大であったということでもあり、建築基準法規定が二重基準になっているということでもある。いくつかの計算法があったら、設計者としては設計荷重の小さくなる計算法を選択するということになるのは、行政としては想定内の使われ方であったはずである。そもそも計算法は法律で規定すべきものではない。モデル化にさまざまな考え方があれば、専門家が自分の能力に合わせて建築構造物に適切な方法を採用すべきものである。計算方法が適切に使われているかは、専門家の倫理的な責任の上で保証されるべきものであろう。確認機関のような行政機関がどこまで、その適切さを見抜くことができるかは、人にもよるので、法律の限界として認めざるをえない。行政機関として疑義のあるときは、複数の専門家の判断を仰ぐというような形が望ましい。逆に言うと専門家の判断や知見の活用には、多くの人命を保全するという責任が伴うわけである。
構造計算書偽装事件が、法律の規定の役割において、あくまで行政が規定に適合しているかどうか判断するという問題と、建築物の耐震性が社会にとって適切なレベルにあるかという問題とは、まさに専門家の評価によってかなり差のあることを表面化したといえる。それを単に行政側からの法規制の強化という形でしか対応できなかったことは、社会的に大きな損失である。建築という分野も、専門家が専門家として役割を果たす社会制度でなければいけない。
専門家が専門家として振舞えているかは、基本は倫理の問題でもあり、法規制による部分は、なるべく少なくすることで、快適に社会が回っていく。建築においても専門家が役割を果たすことが肝心な部分である。十分に倫理的に振舞えているかは、職能団体などで制度的にも対応すべきことであろう。
国民が建築基準法における構造基準や確認制度をどう理解しているかという視点で考えたい。最低基準とはいえ、構造基準を満足している建物であれば、十分な耐震性を有すると考えられていることに大きな誤解があるとは言えないが、構造計算書の偽装により、耐震性の不十分な建物であるにもかかわらず、公的に建築確認され、建てられて供用された。建築確認の段階で偽装を見落としたことの責任をどのように考えるかである。これが公務員の不法行為にあたるかどうかという点で、建築主であるヒューザーは国の賠償を訴えた。2009年2月の名古屋地裁では確認機関を管理する県に一部責任ありとしたが、控訴審で建築確認においてそこまでの責任は問えないとした。
以前、「安全な建物とは何か」において、「マンションの場合の全体の被害を100%としたとき、関係者間の責任比率を私なりに評価するとこうなります。まずは事業者が70%、残りの30%を居住者、確認機関、金融機関が負います。そして事業者の70の被害分を、まずは契約内容や業務実態に応じて、事業者が施工者と設計者に損害を請求します。設計者は構造設計者に対し、契約内容や業務実態に応じて損害を請求するという構図だと思います。」と書きました(同書p.59)マンション居住者は、ローンの二重返済をするなどの形で、全面的に損害を背負う形になってしまったのが、姉歯事件の結果です。確認機関には、確認が十分でなかった点で、多少の責任を負うべきでしょうが、だからと言って県や区が全面的に責任を負うというものではないと思うわけです。
本来的に、建築を十分な耐震性のあるものにすることについては、建築主すなわちマンションであれば事業者が責任を持つものであることをはっきりする必要があると考えます。もちろん、建築の専門知識が十分でない場合も多いでしょうが、それについては、構造設計者が設計内容と耐震性について建築主の要求性能を満足することを説明するべきであるし、建築主はそれを確認する必要があるということになります。
少なくとも、姉歯事件のときに、事業者は、コストダウンが優先して、十分な耐震性を保持するという意識がなかった。もっとも、構造設計者の倫理性を問うのであれば、無理なコストダウンに対して耐震偽装という形で対応するなどということは許されないことで、それをどのような形での責任にするのか、法的な位置づけも整理しておくべきであろう。社会制度的には、金融機関もノンリコースローンとするなど、マンション購入への資金提供であれば、そのマンションの耐震性に対しての確認も求められることが望ましい。
すでに、金融資産としての評価にあたって、エンジニアレポートやPML(Probable Maximum Loss)などの指標が使われている状況を考えると、建築基準法による最低限の耐震性能に対して、実質的な耐震性能評価を別の枠組みで制度的に育てることも不可欠であろう。保険のしくみと法律規制は、社会制度としてうまく組み合わせていくことがよい。後段における自己責任のあり方とも大いに関係することがらである。
参考文献
1)持続可能社会と地域創生のための建築基本法制定、建築基本法制定準備会編、A-Forum出版、2020年
2)耐震強度」とは何か、神田順、科学vol.76,4、2006年、pp.356-363
3)耐震偽装問題は建築基準法が原因!、インタビュー神田順、建築知識2006年5月号、pp.75-77
4)神田 順「安全な建物とは何か」技術評論社、2010年





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