宙地の間
地球環境時代のモデル建築
渡辺菊眞
Ⅱ 環境に適応する パッシブシステムとフィールド
[1] 自然環境に適応する パッシブシステムの導入
パッシブシステム
パッシブシステムは、太陽の光と熱、風といった自然が持つエネルギーを建築的な工夫で有効に活用することで快適な室内環境を得る建築設計手法である。ここでいう建築的な工夫とは、しかるべき断熱性を備えた外皮の計画、蓄熱材の適切な設置、通風や採光を可能にする開口部など、文字通り建築そのものにほどこされた工夫である。なお、空調設備や太陽電池、太陽熱給湯器などの機械設備によって快適な室内環境を得る仕組みをアクティブシステムという。建築環境工学の命題は、「最小のエネルギーで最大の快適性を得ること」である[1]。この達成のためには、目標とする快適領域にパッシブシステムによって可能な限り近づけ、それでも不足する場合はアクティブシステムで補足する。
パッシブシステムの大きな特徴は、自然とともにありながら熱的快適性を得る技術という点である。「自然とともにある」ことへの志向は精神的な価値を含む。パッシブシステムの第一人者である小玉祐一郎は、日本において住まいと自然を一体化させる工夫が凝らされてきたのは、日本人が「宇宙を意識し自己を取り戻す儀式の場として住まいを考えてきた」からだと指摘する。同じくパッシブアーキテクチュアの先駆的存在である井山武司もまた、パッシブアーキテクチュアを支える思想を論じている[2]。井山は生きられる空間の根本原理は「母なる地球 父なる太陽」の対句だという。人間は母なる地球の上に立ち、父なる太陽の下に生きる存在である。それゆえ人間を包む場所である住居や建築においても、このことが強く意識されるべきだとする。ここで注目すべきなのは、小玉や井山の指摘する自然の感受が、自然景観を愛でるレベルを遥かに超えて、「宇宙」、「地球と太陽」といった、根源的な自然の感受を説いていることである。
パッシブシステムの導入手法
パッシブシステムには、省エネルギーを可能にする技術的側面と、自然を根源的に感受する精神的価値の側面がある。ここでは前者の技術的側面である自然利用による省エネルギー手法を示す。
- 気候特性の把握
自然を利用して温熱環境を調節するためには、まず、建築が立地する地域の気候特性を把握しなければならない。世界の気候帯は大きく寒帯、亜寒帯、温帯、亜熱帯、熱帯、乾燥帯の6つに区分される。日本は、その大半が温帯に属するものの、南北に長い領域を占めるため、北海道や東北地方は亜寒帯、沖縄などの南西諸島は亜熱帯に位置する。これらはあくまでも大きな区分であり、実際はよりきめ細かい気候の把握が必要となる。国土交通省は「建築物のエネルギー消費性能の向上に関する法律」を2016年に定めている。これは気候特性に応じて建築が満たすべき断熱と遮熱性能を定めたものである。気候の地域区分は幾度か改正されているが、2020年の改正以後は8区分となっている。1〜3は寒冷地であり、4〜7は温暖地、8のみが蒸暑地である。この区分に加えて、卓越風の有無、日射量、微気候の把握など、より細やかな気候把握が重要となる。気候特性の把握ができたのち、ようやくパッシブシステム導入の方針を決めることができる。蒸暑地は日射遮蔽と通風、寒冷地は断熱と冬季の日射取得と蓄熱が重要となる。日本に属する多くの地域には四季があり、夏は暑くて冬は寒い。こういった地域では夏と冬への対応が両立する計画が必要となる。ここではこの両立手法に焦点をあてたい。
2. パッシブヒーティングとパッシブクーリングが両立する計画(Fig Ⅱ-1)
①外皮性能の向上
パッシブシステム成立の大前提は外皮性能を向上させることである。建築が満たすべき外皮性能は先述した地域区分で要求される断熱性能が基準となる。ただし、より断熱性を高めたい場合は基準値より高い断熱性能を採用するなど計画によってとるべき性能を選択的に決定できる。日本におけるパッシブハウスでは木造在来構法が採用されることが多い。この場合は屋根、外壁の軸組材の間にグラスウールなどの断熱材を充填する手法が一般的である。鉄筋コンクリート造の場合は外壁や屋根の外側に断熱を施す外断熱、あるいは内断熱のいずれかが採用される。前者の場合は建築内部に躯体が露出するため、これを蓄熱材として活用することが意図される。使用される断熱材はポリスチレンフォームやフェノールフォームなどの発泡プラスティック系のものが一般的である。なお外皮性能の弱点となりやすいのが開口部である。ここではLow-Eガラスをはじめとする断熱性能の高い複層ガラスを採用する。サッシについても断熱性能の高い樹脂サッシを採用するなどの工夫が必要となる。
②パッシブクーリング
夏季のパッシブクーリング手法として、日射遮蔽と、夜間通風による躯体蓄冷自然冷房を挙げる。日射遮蔽は南面大開口の上部に庇を設けることで行う。具体的には夏至南中時の日射が屋内に入射しないことを条件に庇の出を決定する。また、東西日射は庇では遮蔽できないため、可能な限りこの方向に開口を設けないこと、設けた場合でも外ルーバーを設置する、簾をかける、窓ガラスを日射遮蔽型にするなどの措置が必要となる。夏季でも夜間は気温が下がることが多い。その場合には積極的に通風を行う。通風が建物全体に行き渡るように開口位置を決める。夜間の通風で建物内側の熱容量の大きい躯体は蓄冷される。気温が上昇する日中には開口部を閉じて通風をやめる。夜間に蓄冷された躯体によって吸熱が行われ、これにより涼感を得る。
③パッシブヒーティング
冬季のパッシブヒーティング手法として南面大開口からの日射取得で躯体に蓄熱して暖房するダイレクトゲイン方式(直接熱取得型太陽暖房)を挙げる。南面大開口上部の庇先端から南面大開口を通して屋内に日射を導き入れる。冬至南中時に可能な限り屋内の奥深くまで日射を導けることがのぞましい。これにより取得できた日射は熱容量の大きい床や壁に蓄熱される。ここからの輻射熱によって暖房する。建築が平家でなく2階建て等の場合、2階での太陽暖房は2階南面の開口から直接熱取得を行うか、1階南側の吹き抜けを介して熱伝達する。

Fig Ⅱ-1 パッシブシステムの南北断面図解
左:夏季のパッシブクーリング、右:冬季のパッシブヒーティング
④その他のパッシブ手法
熱的に快適な春、秋といった中間期では積極的に通風を行う。また年間を通して南面大開口をはじめとする開口部から自然採光を行う(昼光利用)。これにより日中は電気照明を可能な限り使用せずに省エネルギーを図る。
[2] 文化環境に適応する フィールドの読解
フィールド
文化環境は、地域の歴史・風土に裏打ちされた空間の様態である。文化環境に適応する建築を計画するためには、それが立つ敷地、周囲の建築群、建築群がたつ都市、都市形成の基盤となる自然景観を読み解く必要がある。これらはシュルツが実存的空間の段階で示した【住居】、【都市】、【景観】といった段階と合致する。本書ではシュルツが示す実存的空間の構造と段階を基礎にすえる。実存的空間の構造については前章で触れた。場所を中心に通路が放射状に伸びて円盤状の水平領域となる。その中心には垂直軸が貫く。実存的空間の段階は【住居】を中心にその外側に【都市】、【景観】が入れ子状に包み、【景観】を水平の最大領域が包む。最大領域の段階は古代から現代に入るまでは【宇宙論】的段階であり、現代になって【地理】的段階に転じる。【宇宙論】的段階はlevel of cosmologyであり、【地理】的段階はlevel of geographyである。現代においては共有できる宇宙論がないためあくまで地理的認識にとどまるという。「太平洋」「ユーラシア大陸」そして「地球」などはその全貌を見ることも体感することもできず認識のみできる。これが【地理】的段階である。シュルツは実存的空間のどの段階にも同じ構造が備わるという。したがって、どの段階でも垂直軸が貫く。しかし垂直軸が貫くのはコスモス(宇宙)があってこそである。【住居】【都市】【景観】【宇宙論】が入れ子をなすのなら、最大領域の【宇宙論】に生起する垂直軸がその内側にある3段階を串刺しにできる。これならば全ての段階に垂直軸が貫くことに納得できる。問題は現代である。最終段階の【地理】的段階には認識しかないのだとすると、ここに垂直軸が生起するのは無理である。しかし、現代においても実存的空間の構造は維持されるのだという。ここに大きな矛盾が生じている。シュルツは実存的空間の構造のみ図解しているものの、そこに段階を加えていない。この矛盾に気づいていたからではないか。シュルツが言うように現代に共有できる宇宙論は確かにないのかもしれない。しかし垂直な開けを得る経験、すなわち「かなた」を感じることは現代でも可能である。自然景観の向こうに「かなた」を感じることはできるのである。シュルツが現代における水平最大領域を【地理】に限定してしまったことに問題があるのではないか。【地理】に変わって【地球】にすることでこの問題は解消できる。【地球】はその全貌を体験することはできず認識だけできる【地理的】な存在である。その一方で自然景観の向こうに「かなた」を感じさせる【宇宙論】的存在でもある。【地球】の段階だと【地理】と矛盾せず【宇宙論】に生起する垂直軸をも備えることができる。したがって本書における実存的空間の段階は【住居】【都市】【景観】【地球】としたい。なお、シュルツのいう実存的空間はあくまで共有される環境のイメージであり、それが具体化すると建築的空間になるという。ここでいう建築的空間は狭義の建築ではなく環境イメージが構造化されて体験可能となる場のこと、すなわちフィールドをさす。これを前提に本書で扱うフィールドを定義する。
フィールドは人間が生きられる場である。フィールドは日常的な水平世界を基盤とし、その中心に日常を超える「かなた」への垂直軸が貫く。フィールドには4つの段階がある。小さな段階から順にならべると【住居】、【都市】、【景観】、【地球】である。【地球】の段階は水平世界の最大領域であるとともに垂直な開けを導く段階でもある。(Fig Ⅱ-2)
水平領域を形成する3つの段階、【住居】、【都市】、【景観】までが【地域】の段階であり、それを包含するのが【地球】の段階である。水平領域の中心をつらぬく垂直軸は「かなた」への志向である。山や海、地平といった自然景観の向こうに「かなた」を感じることが垂直な経験である。ストーンヘンジや古代の柱信仰などは大地と空をむすびつける。人間が足をふみしめる大地、その上を覆う果てなき空、その両者をむすぶ。これは地球の根源風景である。混沌から空と大地が生まれて秩序あるコスモス(宇宙)が成立するが、始原の建築は空と地をむすぶことで両者をバラバラにせずコスモス(宇宙)を維持することが使命であった。自然景観を介して「かなた」を感じる経験も地球の根源風景を基盤にしている。【地球】は水平領域と垂直軸を媒介する[3]。

Fig Ⅱ-2 フィールドの構造と段階(【住居】【都市】【景観】そして、【地球】)
フィールドの読解手法
フィールドは4つの段階からなるが最大領域の【地球】は具体的な体験をする段階ではなく読解の対象にはならない。読解対象となるのは【住居】【都市】【景観】の段階、すなわち【地域】の段階である。【地域】の段階は3つの段階が入れ子をなしているためその読解も大から小、逆に小から大まで連続的に行われる。
フィールドの読解を普遍的な手法として記してもイメージが湧かず実感のない無味乾燥なものとなってしまう。そこで、まず町家を対象に【住居】から【都市】、【景観】までの読解を連続的に行いたい。町家は間口が狭くて奥行きの深い敷地にたつ。敷地正面のオモテに町家のミセがあり奥に座敷等の居室が連なる。さらに奥はウラとなり裏庭や水回りの別棟などが配される。オモテとウラを通り土間がむすびつけ坪庭が適宜挟み込まれる。ここまでが【住居】の段階である。町家は都市型住宅であり【都市】の段階と密接に関わる。間口が狭く奥行きが深い間取りによって、街路に面して多くのミセが立ち並ぶことができる。ミセは町家の顔であり街路からセットバックすることはない。町家が数多く存在する【都市】、京都の中心市街には東西南北の街路に包囲された正方形に近い古代由来の街区(「田の字」地区)がある。街路を両側から挟む町家が町(両側町)を形成すると同時に正方形街区の最内部では裏庭が連坦されて街区全体の中庭のような様態となる。これが【住居–都市】の段階である。町家のウラ側では裏庭を介して最寄りの自然、例えば東山の稜線がのぞめるかもしれない。この時【住居】は【都市】を経て【景観】までつながっていく。京都は北と東西の三方を山に囲まれ南のみは大きく開かれる。中心市街東端には鴨川が南に流れる。東山がのぞめることは、単純に山が見えることを超えて京都の「自然【景観】の構成」の中に自身を位置付けることを意味する。このように町家を起点に【住居–都市–景観】という一連なりの系としてフィールドを読解できる。
次に農漁村に目を転じる。これらは生業の舞台が海や平地、山といった【景観】の段階とダイレクトに結びついた【都市】である。独立家屋である散居のまわりに田畑があり、散居と農地のセットが細胞となりこの細胞があつまって村になる。田畑が広がる平地の向こうには囲繞する山が【景観】をなす。海に面して船屋がたち庭を挟んで母屋がある。こんな伊根の家屋群は港に並びたって集落となり、この集落は港から広大な海へと開かれていく。
ここまでは伝統的な住居形式を対象にして【住居】【都市】【景観】の連続を見てきたが、現代では【住居】【都市】の段階はめまぐるしく変容を続けている。フィールドの読解は、かつての安定したあり方を読解するだけでは不十分であり、大きな変容を被った現代もあわせて読解しなければならない。例えば地方の街村では伝統的な町家が空き家化したのちに空地となるようなケースが多い。また、町家跡地にたつ家屋が街路からセットバックし街路正面には駐車場が立地することも頻発する。このような状況が進行すると【住居-都市】の系をかたちづくる空間構成が大きく変質する。こういった場合には現在と、変容を大きく被る前の、双方のフィールドの構成を読解する必要がある。
[3] 水平と垂直をむすぶ:「地球感受の空間」
パッシブシステムの導入手法には、①自然利用による省エネルギー手法と、②自然を根源的に感受する手法、の二つがある。後者の自然は表層的なものではなく、根源的(宇宙を感じる自然、地球と太陽、大地と空など)であることが問われる。
フィールドは水平領域と垂直軸との重なりで示される。水平領域は【住居】【都市】【景観】が入れ子をなし、ここまでの段階が総合されて【地域】の段階となる。【地域】の段階を包含する最大領域が【地球】である。【地球】では大地と空が象徴的にむすばれる風景によって垂直軸が生起する。【地域】を支える母体が【地球】であり【地球】から発する垂直軸が【地域】(=【住居】【都市】【景観】)の中心を串刺しにする。
ここまではパッシブシステムにおける「自然を根源的に感受」すること、フィールドの垂直軸に関わることについては触れてこなかった。ただし、これらがないパッシブシステムとフィールドは片手落ちである。ここでは改めてこの双方を統括しうる空間を提示する。この空間を「地球感受の空間」と呼ぶ。
パッシブシステムを成立させる根本は地球が地軸を傾けて太陽のまわりを公転することにある。井山武司による「太陽系の惑星地球にたつ建築のフォルム」は、これを見事に図解している。(Fig Ⅱ-3) パッシブシステムの根本に「太陽系の惑星地球」があるのなら「自然の根源的感受」も「太陽系の惑星地球」に深く関わるはずである。地球外から眺める「太陽系の惑星地球」の光景が最も直接的な「自然の根源的感受」になるのかもしれない。ただし宇宙船での旅行が常態化しない限り、そんな情景を私たちが目にすることはない。しかも、大地に足を踏みしめて生きる私たち地球人にとっては地球を離れた風景は自然から遊離したものである。そこで、「太陽系の惑星地球」を私たちが身を置く地球上の風景に変換しなければいけない。結論から言うとその風景は空と大地が象徴的にむすばれる風景である。この風景を創造する空間は建築の始原から存在している。ストーンヘンジは天体観測装置である。空間的に捉えるならば星々の運行を含む空、すなわち時間を内包する空を大地に写しとる建築である。こういった構えは根源性が強いゆえに時代の流れで風化することはなく、現代美術にまで引き継がれる。アースワーク、ランドアートと呼ばれる大地に設置する空間表現体はまさにこの後継である。(Fig Ⅱ-4)ナンシー・ホルトの「Sun Tunnels」(1973-76)は砂漠に設置された4つのコンクリート製の筒である。二つの筒が対をなして全体で十字を切る。対になる筒はトンネルの連なりを構成していて冬至と夏至の日の出と日没ではこのトンネルに縁取られた円形の大地と空に太陽が昇沈する。ウォルター・デ・マリアの「The Lightning Field」(1977)は砂漠の平原に400本のステンレス製のポールをグリッド状に屹立させたものである。圧巻は漆黒の雲から雷鳴とともに柱に落ちる稲妻である。この時に大地と空が神威のごとく劇的にむすばれる。これらはともに1970年代の作品である。この時期には第二次世界大戦後の飽くなき産業推進も一つの限界を迎えて公害などの深刻な環境危機に直面した。人間が地球に「生きられる」ことが危うくなった時期である。この時に再び大地と空をむすぶ根源的風景が形成されたことは深く記憶に刻むべきことである。なお、現在さまざまな地域で開催されているサイトスペシフィックな芸術祭は、大地と空をむすぶ根源性は弱まってはいるものの、この流れを汲んだイベントである。
ここで重要なのは、空と地がただ劇的に結ばれたら良いわけではないということである。太陽系の惑星地球には、緯度と経度がある。これは東西南北の方位があることに直結する。自然の根源的感受を可能にする空間、すなわち、「地球感受の空間」は、空と大地をむすぶ高い象徴性を持ち、地球ゆえの緯度経度グリッドに深く関わり、それゆえに方位と不即不離の空間となる。

Fig Ⅱ-3 太陽系の惑星地球にたつ建築のフォルム
引用出典=井山武司著、渡辺菊眞編『太陽建築』 図版を90°回転して記載

Fig Ⅱ-4-.1Nancy Holt「Sun Tunnels」

Fig Ⅱ-4-2.NWalter De Maria「The Lightning Field」
引用出典=Gilles A. Tiberghien『LAND ART』
フィールドの垂直軸は先述したとおりである。水平の最大領域が【地球】であり【地球】の根源風景=大地と空をむすぶ風景が「かなた」を呼び起こす。「かなた」の呼び起こしが垂直軸の貫きそのものである。【地球】フィールドの象徴的な感受が垂直軸の体感となる。パッシブシステムにおける自然の根源的感受とフィールドにおける垂直軸の体感(=【地球】フィールドの象徴的感受)はまったく同じ空間のあり方を要求する。それが「地球感受の空間」である。「地球感受の空間」を改めて定義する。
「地球感受の空間」は、大地と空を象徴的にむすぶ空間である。その空間は地球の空間ゆえの方位に深く関わる。
最後にフィールドにみる垂直軸に直結する空間について追記する。日本の神社である。神社は自然信仰を原点に据えた祈りの空間である。事実、山や海などを信仰核に据えてそれを遥拝する構えをとるものが多い。信仰核の山や海を拝すると同時に山の端で接する空を通じて、あるいは水平線と接する空を通じて「かなた」が感受される。より原初的な柱信仰を持つ諏訪大社では御柱が大地と空を象徴的にむすぶ。神社は「地球感受の空間」によって祈りの場を構築する建築だといえる。
なお前者のように遥拝を通して大地と空をむすぶものを「遥拝型の地球感受の空間」、後者のように柱等で大地と空を垂直にむすぶものを「天地型の地球感受の空間」と呼称したい。(Fig Ⅱ-5)

Fig Ⅱ-5-1.春日大社宮曼荼羅

Fig Ⅱ-5-2.春丹後の元伊勢内宮の神体山遥拝所
左,引用出典=福山敏男監修『神社古圖集 続編』
第3章 註
[1] 田中俊六ほか 『最新建築環境工学 改定4版』 井上書院 2014 pp17-18
[2] 井山武司 『太陽建築 母なる地球 父なる太陽』 渡辺菊眞編 太陽建築研究会 2022
[3] イーフー・トゥアンは、「空間の経験」(彰国社 2011)において、ポピ族インディアンの時空間認識を図解している。ここでは客観的世界は水平をなし、方位だけが明示される。水平世界の最も縁辺部では、その輪郭が曖昧になり、ここから主観的な領域に転じる。主観的とは精神的価値を含む領域であり、「神話的な空間と時間」として設定され、ここにはその中心に垂直軸が貫く。この図解は、筆者が提示したフィールド構造の図解に酷似する。ここから、この構造はシュルツだけにもとづくものでなく、普遍的、かつ根源的なものであることがわかる。















































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