建築マスタープライズ受賞者 ピットハウスガーデン

[2]ゲンダイタテアナ

序詞

 三内丸山遺跡に点在する竪穴式住居の中でしばし過ごした。すり鉢状に掘られた竪穴の中央には4本の柱。その上部に組まれた横架材には外周からぐるりと垂木がもたれかかり円錐というよりはドームのような屋根がかかる。竪穴の土間には炉があって、入り口からのみ光が漏れる。寒い冬には入り口は固く閉ざしてであろうから、漆黒の闇に火を焚いて、炎が揺らめき輝くなかで家族は丸く集って天に上る煙を時にみあげて過ごしたであろう。真ん中の炉と火がある求心的なシェルター。そこに身を寄せて安らぐ情景が目に浮かび、ここで暮らしてみたいとさえ思った。火で土間床を温めて暖をとるのが竪穴式住居。その火を太陽に代えると直接熱取得型のパッシブソーラーハウスになる。井山武司はそんなことを語っていた。その言葉がずっと引っかかっていた。どこか腑に落ちないのである。パッシブソーラーハウスの南には大きな開口がある。これが屋内に太陽を導いてくれるのだが、その一方でガラス窓一枚を介したそこは家の外である。ガラス窓で外も内もスケスケで求心的なシェルターの姿はない。真ん中を向いて集うのが竪穴式住居であるのに対してパッシブソーラーハウスは太陽が高くのぼる南を向く。パッシブソーラーハウスの起源の一つとして竪穴式住居をすえることはできるかもしれない。ただしそれは竪穴式住居の屋根の南をぶった斬って、その切断面に断熱ガラスをはめた姿ではないか。これが「ゲンダイタテアナ」の起点である。パッソブソーラーハウスは竪穴式住居を切断した空間に太陽を導き入れる。切断された竪穴式住居は幽霊のようだがそれでもパッシブシステムの中核をなす。夏の涼しさや冬の暖かさを生み出す主役は竪穴の幽霊だ。では竪穴の幽霊に私たちは集うのか。集わないとしたらいったい。その姿を模索してスケッチをはじめたのが2020年の末であった。

概要

 「ゲンダイタテアナ」は竪穴式住居を原点に据えたパッシブハウスである。ただし、竪穴に居住するのではなく、竪穴を屋内の庭=ウチニワとし、その周囲3方(=東西北)を居室にする。おおもとは、「土間にて冬季集熱するパッシブハウスの「先祖」は、土間中央に炉を据えて集熱する竪穴式住居なのではないか」という着想にある。しかし、竪穴式住居とパッシブハウスには決定的な違いがある。竪穴式住居の開口は入り口と煙抜きの天窓だけであり、入り口を閉じると炉を中心とした求心性の高いシェルターになる。一方のパッシブハウスは竪穴の南面を切断したかのような断面であり、スケスケの大きな南面ガラスが外と接するためにシェルターとしての庇護性が大きく損なわれる。

 ゲンダイタテアナでは竪穴空間をウチニワにすることでこの問題に対処する。竪穴とはいえ地面を掘るわけではない。ベタ基礎耐圧盤をあらわしにした土間床がウチニワの床であり、そこから600㎜ほど高い位置に床をはった部分を居室とする。高床の居室がウチニワをぐるりと囲うことでウチニワはあたかも竪穴のように感じられる。この竪穴はニワなのでシェルターの庇護性は必要なく空っぽな場所である。ただし「役立たず」だと仕方がない。ウチニワ南面は大開口を備え冬季集熱と土間床への蓄熱を果たし、頂部北側は高さ10m超えの塔屋にして煙突効果で安定した通風を得る。ウチニワは冬季の熱取得と夏季夜間通風による蓄冷をする場でありパッシブシステムの主役を担う。ウチニワは4550㎜四方の平面に急勾配の四角錐(宝形)屋根をかけた空間を起点に据える。この空間の南面を切断して断熱ガラスをはめるとともに北に屹立する塔屋を設けたのがウチニワである。ウチニワは竪穴式住居が起点だけれども切断したことで幽霊のような姿に転じる。もはや竪穴式の「住居」ではなく、あくまで「ニワ」であり「ニワ」ゆえに何をしても何もしなくてもよい。照明すら設置していない。朝日とともに光がさして夕暮れまでは陽光を存分に受け止め日が沈むと同時に闇に沈む。太陽や風の恵みをウチニワに託しウチニワが受け取った恵みを分配して居室に住まう。現代の竪穴は空からの光がふんだんに射し込むものの、もはや住む場ではなく庭と化す。庭がパッシブシステムの要となりこの周りに人々は住まう。これが「ゲンダイタテアナ」である。ウチニワ頂部の塔屋は真北にのびる緯度勾配の屋根をもち、まっすぐ北極星を向く。北極星は数々の星が廻る中で不動の一点をなす。古来旅人が目印にしてきた星である。塔屋が示す一つ星がわたしたちの居場所を教えてくれる。

 「ゲンダイタテアナ」の原型計画を2020年から2022年までの間に策定した(仮想敷地緯度は北緯35度、気候地域区分は5に設定)。次いで実施計画を2023年に着手し2025年に竣工した。敷地は静岡県磐田市の一般的な戸建て住宅地である(北緯34.72°)。 敷地の東西と南に住宅がたち、南庭正面には向かいの家の背面が迫る。近隣家屋は隣家からの視線遮蔽に余念がない。ゲンダイタテアナではウチニワが外部とのバッファーをなすので近隣の視線を気にしなくてよい。近隣住宅が視線遮蔽のために庭に分厚く植栽を施すのに対して、ゲンダイタテアナの外庭(南庭)はただの砕石敷きである。外庭は近隣(向かい三軒両隣り)にとっての光庭となり、この庭から近隣の豊かな植栽を楽しむことができる。持ちつ持たれつの関係がお互いの外庭にて成立する。(FigⅢ-[1]-12〜15)

Fig Ⅲ-[1] -12.「ゲンダイタテアナ」の外観:南側全景(上)、北側外観(下) 撮影:車田保

FigⅢ-[1] -13「ゲンダイタテアナ」のウチニワ内観

FigⅢ-[1] -14 「ゲンダイタテアナ」のウチニワ外周部の空間:居間・食間(上)、東西寝室(下左)、2階ホール(下右)

撮影:車田保

FigⅢ-[1]-15「ゲンダイタテアナ」の平面図(下:1階、上:2階)

環境への適応

自然環境への適応:パッシブシステムの導入

 導入したパッシブシステムは「宙地の間」と同様である。ただし、両者では気候地域区分が違う。「宙地の間」は5地域にたつのに対して「ゲンダイタテアナ」が立地する静岡県磐田市城之崎は7地域である。温暖地域の中では最も日照に恵まれているが夏季の日射は強烈であり、その遮蔽を手厚くする必要がある。夏季の断熱性の向上を主眼に「宙地の間」同様、断熱材等は区分3で要求される性能のものとした。

 夏季の日射遮蔽において「宙地の間」は夏至の南中時に日射が屋内に侵入しないように庇の出を決めた。「ゲンダイタテアナ」では8月半ばの南中時に屋内に日射が入らない庇の出とした。実に奥行き2275㎜もの庇を設けている。ウチニワは夏季の躯体蓄冷と冬季熱取得の中心地となる。ウチニワの土間床はベタ基礎耐圧盤のあらわしであり蓄熱蓄冷の要となる。蓄冷を導く通風は建物全体に行き渡るようにしている。ウチニワ頂部に位置する高さ10mを越す塔屋が通風の効率を高める。2階居室はウチニワとつながるバルコニーを設けるとともに北側の壁上部に横長窓を配して通風経路を確保した。各居室の収納上や鴨居上には壁がなく空気的につながっていて通風や熱の伝達を阻害しない。冬季集熱はウチニワ南側全面に設けた南面大開口が担う。南面大開口の幅を8m、高さを5mにすることで奥行きが深い庇であるにもかかわらず、冬至南中時にはウチニワの最奥部にまで日射が届く。土間床に蓄熱しその周囲に位置する居室に熱を導く。なお、ウチニワ頂部とそこから立ち上がる塔屋が空気的につながったままだと熱が塔屋に逃げてしまう。ここではウチニワ頂部に開閉できる開口を設けて冬季はこれを閉めることで熱が逃げるのを防いでいる。年間を通して大小さまざまな窓からそそぐ光によって自然採光を行うのは「宙地の間」と同様である。これに加えて「ゲンダイタテアナ」ではウチニワで光を増幅させる。ウチニワの壁と天井すべてにガルバリウム鋼板平板を被覆している。南面大開口からふんだんに射し込む光を壁や屋根が反射してウチニワは光に満ちる。この光を周辺居室が受け取る。(FigⅢ-[1]-16)

文化環境への適応:フィールドの読解

 磐田市城之崎は小高い丘陵に営まれた戦後の戸建て住宅地である。この丘陵の頂部は徳川家康による磐田城計画地であり、ここから南向きに尾根線が走る。この尾根線が南北中央道となり、この道と直交する東西方向の道を前面道路とする南向き雛壇の住宅地が形成される。「ゲンダイタテアナ」の敷地は、この住宅地雛壇の最上壇近くに位置する。敷地北側に前面道路が走り、南側には向かいの住宅背面が迫る。

FigⅢ-[1]-16「ゲンダイタテアナ」におけるパッシブシステム導入図解:8月中旬南中時に日射遮蔽可能な庇の設置

 

この新興住宅地では南側前面道路を持つ住宅地と、北側前面道路を持つ住宅地が背中あわせになる。ただし個々の宅地の南北方向の奥行きは深く、宅地境界線が背割りにはならない。南側住宅地では前面道路から順に駐車場、南庭、その奥に南向き正面の住宅が配される。一方、北側住宅地は、駐車場、南向き正面の住宅(道路には住宅背面が面する)、南庭が配される。南庭には向かいの住宅の背面が迫る。前面道路、隣地、向かい、あらゆる方向で他者からの視線遮蔽が慎重に行われる。北側住宅地では奥行きの深さを利用して南庭を設けられるものの視線遮蔽のための緑がつらなって、少し薄暗くなってしまう。南庭が連坦して緑の帯ができるのは好ましいものの薄暗くなるのはもったいない。

 「ゲンダイタテアナ」のウチニワは文字通り屋内に設けたニワであり居間などの居室ではない。ここは屋内の中核でありながら屋外空間とのバッファーでもある。このため南面大開口を介して南側住宅から視線がウチニワにそそがれたとしても気にならない。視線を遮蔽するための植栽も必要ない。「ゲンダイタテアナ」では南庭から植栽を排して砕石敷きの空間とした。南庭は陽光溢れる空間となり「ゲンダイタテアナ」の庭の役目を超えて隣接する住宅地全てにとっての光庭となる。南庭は隣接住宅5軒が囲む共有の「光庭」として機能する。その一方で砕石敷きの外庭からは緑豊かな隣家の外庭を楽しむことができる。(FigⅢ-[1]-17)

FigⅢ-[1]-17「ゲンダイタテアナ」の配置図(上)と、砕石敷きの外庭、奥には緑豊かな隣地の外庭(下)

地球感受の空間

 ウチニワはベタ基礎耐圧盤のあらわしであり一面土間床である。その上部に南北方向に設けた開口部がある。南面大開口から見る南側の空は陽光溢れる空であり、北側の空は塔屋内部を通して見る順光の空である。この塔屋は緯度勾配の屋根を持つことから北極星を志向する空でもある。大地を象徴する土間床と南北の空がここで結ばれる。これはプエブロ・インディアンの世界観「Earth is my mother  Sky is my father」[i]、すなわち「母なる大地 父なる空」の空間具現化をめざしたものである。井山武司は太陽建築の原理を「母なる地球 父なる太陽」としているが、これはインディアンの世界観の対句のうち、Sky(空)をSun(太陽)に置き換えたものである[ii]。太陽建築の名のとおり、パッシブソーラーハウスにおける太陽は絶対的存在であり空を太陽におきかえる意図は明瞭である。しかし空には太陽をはじめ、夜の月や星、晴天や曇天を含むトータルな広がりがある。山の端や水平線に接する空を見る時、それは太陽に限定された存在以上のものとなる。ここでは、井山による空の太陽への置き換えを排して再びトータルな広がりとしての空を大地の対に位置づけた。ウチニワには陽光溢れる大きな空を南面大開口からのぞみ、順光の空を塔屋の額縁を介して象徴的にあおぎみる。ウチニワの壁と天井は全てガルバリウム鋼板で被覆される。ここには日の出から日没までの光が角度を変えて射し込んでくる。その光を多面体のウチニワの壁が乱反射することで万華鏡のようになる。特に日射が奥深くさす冬季が万華鏡のピークである。夏季は直達光は届かず空の光を静かに反射する。

 「宙地の間」の「地球感受の空間」は日時計が担っていた。時の巡りが直接的に知覚できるが、巨大であり逆さヴォールトの造形は空間を強く規定してしまう。パッシブシステムの温熱環境調整には関与しないという問題もあった。この問題の克服をめざしたのが「ゲンダイタテアナ」のウチニワである。ウチニワもまた視覚的象徴性に強く訴える空間である。ただし、ここがパッシブシステムの要でもあり夏は涼しく冬暖かい。パッシブの恵みと視覚的象徴性が重なっており、ここに特筆すべき改善が見られる。象徴的に大地と空が結ばれることを自然の恵みの体感(触覚的景観)とともに感受できる。

 南面大開口に面する内外スケスケの広間(居間や食間)に集うという多くのパッシブハウスの常態から脱することもできたわけである。これはパッシブハウスの平面計画として画期的だと考える。ウチニワをパッシブの要にしてその周囲に住まう形式はこれからのパッシブハウスの有効な雛形になるべきだと、私は強く感じている。(FigⅢ-[1]-18,19)

 

FigⅢ-[1]-18「ゲンダイタテアナ」のウチニワ。南面大開口から大空をみる。

FigⅢ-[1]-19「ゲンダイタテアナ」のウチニワ。北側頂部は緯度勾配屋根の塔屋に通じ、順光の青空をのぞむ。


[i] Griffin-Pierce 「EARTH IS MY MOTHER SKY IS MY FATHER」 University of New Mexico Press 1992

[ii] 井山武司 『太陽建築 母なる地球 父なる太陽』 渡辺菊眞編 太陽建築研究会 2022


SLABをもっと見る

購読すると最新の投稿がメールで送信されます。

コメントを残す

現在の人気

SLABをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む

SLABをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む