建築主の責任と建築行政の役割-国民のための建築法を作ろう

神田 順

 5 建築の専門家のすべきこと

私有財産権にこだわりすぎることにより、まちや周辺への配慮がされず、まちが美しくなくなった。人間が生きていくうえでの基本として衣食住があげられるが、戦後の1950年代60年代に比べて、残念ながら住だけが極めて貧しい状況にある。このことについては、建築の専門家として、大いに反省すべきところである。自分は、住環境を貧しくするような建築を作っていないという建築家ももちろん少なくないことは承知している。しかし、単体の建築のみで、例えば10棟に1棟の建築が周辺環境、まち全体を配慮して建てられていても、大半がそうでなければ、環境の劣化は防げない。加えて、敷地が細分化され、緑地が失われる方向のみが加速する状況になると、一人や一棟で住環境が改善されない。

衣については、十分に豊かで選択可能で、かつ文化的な状況にある。食についての問題は、自給率を確保するための生産の問題はあるが、そして児童の貧困から「こども食堂」が日本中に生まれているとはいうものの、一般的には食の豊かさを味わえている。食の貧しさを減ずるために食育基本法(2005年)が生まれたということは指摘できよう。建築基本法に通じるものがある。

もっとも、住まいが整わないことがどのくらい幸せでなくなるかはわからない面もあるが、住環境という意味では大都市圏でも、とても貧しいように思う。大きく見ると、地価の高騰が、経済活性化と一体的に展開したことに責めを負うべきかもしれないが、貧しい住環境に対して、そのような建築を作ってきた多くの建築士たる専門家にも責任はある。

建築は社会資産であり、土地空間利用を固定化するので、周辺への配慮が必要である。安全や健康に関しては、その条件を整えるためには、科学や技術に負うところが多く、専門家としての適切な判断が優先されることにより、質の良い建築が生まれる。ランドスケープデザインの視点があまりに軽視されている。

   専門家としては、常に社会に対して十分な説明責任を果たす必要がある。法や条例の規制により建物の質が決まるのではなく、建築主の要求に専門家が十分に応えるという形で、質の保たれた建築が生産され維持されることが不可欠である。

   専門家であれば、法律がなくても質の高い、社会を豊かにする建築をつくることができなくてはいけない。構造安全性という意味では、材料強度については、工業製品ということもあり、設計者が理解した上で選択できているが、設計荷重については、国の定める最低基準を基本においており、設計者の責任で判断する状況になっていない。それが、科学的な根拠とともに適切な判断になっているかどうかは適宜見直しが必要であろう。

   敷地外の周辺環境に対しては、その地域の文化や歴史に配慮した上での判断が求められるものの、現実には容積率や建蔽率をぎりぎりまで使うことが、建築主の要求に報いることになってしまいがちである。地区計画や用途地区の決定は、自治体が都市計画法に基づきマスタープランを作成することになるが、その場合も、用途地区の定義が建築基準法でなされており、それによってまちをどう構成されるかがイメージされないままの規制になってしまっている。数字と線引きが地区計画を決めてしまっている状況がある。そのまちの将来像に、住民がもっと関わるべきであろうし、それを専門家が関われるように役割を果たす必要がある。

   個々の敷地の中だけで規制することになると、容積率、建蔽率、高さ制限、斜線制限などの数値による規制が建物の外形を決めてしまうことになるが、空間が占有されるということは、周辺に大きな影響を及ぼすわけで、その地域の中での建築のあり方が問題となる。まさに、社会資本としての建築であるとすると、個々の建築の設計であっても、 その社会環境形成という意味では、社会的な判断が求められる。

   自治体の役割として社会環境形成を担うのであれば、建築の専門家としての役割を果たしてもらうことになるのであろう。その建物が、周辺の環境をより良くすることを、市民が納得できることが基本であろう。法規制や条例規制は、一つの目安であるとしても、最低基準であって、それで十分というわけではない。環境形成という意味で専門家が役割を果たすことが大切である。この点については、自治体に何を期待するかということになり、後段でさらに考察する。

   例えば、免震構造を例としてみてみよう。免震構造は、建築においてすでに確立した技術となっているが、地震に対する性能を専門家がどのように説明できているか、まだまだ不十分のように思う。もちろん、建築主が地震に対する安全性について聴こうとしない、理解しようとしないことが建築主責任をまっとうしていないということも出来るのであるが、実際に、建築物が地震に対して、安全とはどういうことか、どのような地震の揺れに対して、建物がどのように挙動するか、それが、建物内の人間にどのような影響を及ぼすか、専門家が十分な説明をすることが、免震構造がもっと普及することにもなるはずである。「建築基準法を満足すれば安全」と短絡的に理解することができてしまうことも、現在の建築基準法の弊害と言える。

参考文献

1)持続可能社会と地域創生のための建築基本法制定、建築基本法制定準備会編、A-Forum出版、2020年

2)耐震強度」とは何か、神田順、科学vol.76,4、2006年、pp.356-363

3)耐震偽装問題は建築基準法が原因!、インタビュー神田順、建築知識2006年5月号、pp.75-77

4)神田 順「安全な建物とは何か」技術評論社、2010年

5)神田 順「『イタリアン・セオリー』から考える我が国の建築構造基準」2016年8月、日本建築学会大会講演梗概集20011

6)1998年建築基準法改正に思う、神田順、鉄鋼技術1999年4月、pp.56-59

7)そもそもいかにあるべきか―建築の豊かさと法規制―、西一治、科学vol.74.9、2004   年、pp.1078-1082

8)建築の質の向上に関する検討報告書、日本建築学会、国土交通省平成20年度建築基準整備促進補助金事業、2009年3月

SLAB – Global Criticism of Architecture & City & Housing


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