建材の危機 ― ホルムズ海峡が建築へ与える影響
香月真大
建築は土地に根差した行為である。しかし現代の建築は、その土地だけで成立しているわけではない。鉄、アルミ、ガラス、断熱材、塗料、設備機器、配管、接着剤、樹脂製品など、建築を構成する多くの材料は、石油化学産業と国際物流によって支えられている。私たちは建築を「空間」や「デザイン」の問題として考えがちだが、実際には建築はエネルギー、海運、化学工業、国際情勢と密接に結びついている産業でもある。その構造を象徴する場所の一つが、中東に位置するホルムズ海峡である。
私は建築家として日々、設計や改修、施工調整に関わっているが、近年強く感じるのは、「材料は発注すれば届く」という前提が崩れ始めていることである。以前であれば、多少価格が上がっても最終的には現場へ材料が入ってきた。しかし現在は、「価格が高い」以前に、「そもそも納期が決まらない」「材料自体が入らない」という状況が珍しくなくなっている。
建築は図面だけでは成立しない。材料が届き、職人が施工できて初めて空間になる。しかし今、その最も根本的な部分が不安定化している。
ホルムズ海峡は、世界の原油輸送の大動脈であり、日本へ輸入される原油の多くもこの海峡を経由している。もし軍事衝突や封鎖、航行制限などが起これば、原油供給は大きく不安定化する。そしてその影響は、単なるガソリン価格の高騰だけでは終わらない。建築業界全体を支える石油化学原料、特にナフサ供給へ直接影響を与える。
ナフサは、原油精製の過程で得られる石油化学原料であり、プラスチックや合成樹脂、接着剤、塗料、断熱材などの原料となる。つまり現代建築の多くは、実質的にナフサによって成立していると言っても大げさではない。
実際、建築現場では石油由来材料が非常に多く使われている。防水材、コーキング、接着剤、断熱材、塩ビ配管、塗装材料、養生材、化粧板、キッチンパネル、ユニットバス、雨どいなど、その多くが樹脂製品である。
近年問題となっているのは、こうした樹脂原料価格の高騰と供給不安定化である。コロナ禍以降、世界的な物流停滞、原油価格変動、石油化学工場の稼働調整などが重なり、多くの建材で納期遅延や価格上昇が発生した。その影響は、現場のかなり細かい部分にまで及んでいる。
例えば塗装工事では、塗料だけでなくシンナーが不可欠になる。シンナーは希釈や洗浄に使用される石油由来溶剤であり、ナフサ供給と密接に関係している。
実際、武蔵高砂ビルの大規模修繕工事では、屋上塗装工程で使用するシンナーの供給が不安定となり、工程調整が必要になった。塗料自体は確保できていても、シンナーが入らなければ施工が進まない。塗装工事は最終工程に近いため、そこで止まると足場解体や引き渡し工程まで影響が出る。現場では「あと少しなのに終われない」という状況が実際に起きていた。
また、浅草のタワーマンション改修工事では、TOTO製ユニットバスの納期が未定となり、工程変更を繰り返す状況があった。ユニットバスは単純な設備製品ではなく、FRP、防水部材、樹脂配管、化粧パネルなど、多数の石油化学製品によって構成されている。そのため、半導体不足だけではなく、樹脂原料不足や物流停滞の影響も受けやすい。
現場では、「設備がいつ入るかわからないので、先に別工程を進めてください」という調整が増えている。本来であれば、設計者は空間や体験を考える立場である。しかし最近は、「そもそも材料が入るのか」という問題と向き合わなければならなくなっている。
断熱材も同様である。住宅や施設で大量に使用される断熱材の多くは、発泡プラスチック系材料であり、ナフサ由来原料を使用している。ウレタンフォームや押出法ポリスチレンフォームなどは典型例である。
近年、断熱材価格は急激に上昇した。これは単純な需要増加だけではなく、ナフサ価格上昇と供給不安が背景にある。さらに省エネ基準強化によって断熱材使用量自体も増えているため、建築コスト全体へ与える影響も大きい。
設計段階では成立していた予算が、着工時には成立しなくなっていることも珍しくなくなった。これは単なるインフレではなく、建築を構成する供給網そのものが不安定化しているということだと思う。
また、雨どい製品の納期未定問題も象徴的である。雨どいは単純な部材に見えるが、実際には塩化ビニル樹脂製品であり、石油化学原料へ依存している。原料不足や樹脂供給制限が起これば、生産そのものが不安定化する。
現場では、「建物本体は完成しているのに、雨どいだけ入らず足場を解体できない」ということも起きている。一つ一つは小さな部材でも、建築全体へ与える影響は大きい。
建築は数百、数千の部材によって成立している。そのうち一つでも欠ければ、全体工程が止まる可能性がある。巨大な構造物に見えても、実際には非常に繊細な供給網の上に成立している。
特に近年深刻なのは、「価格上昇」よりも「納期未定」である。
従来の建築では、「材料は発注すれば届く」という前提が存在していた。しかし現在は、その前提自体が崩れ始めている。
サッシが来なければ外装が止まり、断熱材が入らなければ内装へ進めず、ユニットバスが納品されなければ設備工事全体が止まる。つまり建築の危機とは、単なる物価上昇ではなく、建築を成立させる供給網そのものの不安定化にある。
特に日本は、エネルギーと石油化学原料の多くを海外輸入へ依存している。ホルムズ海峡の不安定化は、遠い中東の問題ではなく、日本国内の建築価格や工期へ直結している。
例えば原油供給が不安定化すれば、ナフサ価格が上昇する。すると樹脂製品価格が上がり、断熱材、防水材、塗料、配管、雨どい、設備機器など、建築全体へ連鎖的に影響が出る。
さらに物流そのものが停滞すれば、「高くなる」のではなく、「そもそも入ってこない」という状態になる。
実際、近年の現場では「代替品へ変更してください」という話が頻繁に出る。本来採用予定だった建材が欠品し、別製品へ変更される。しかし建築では、材料変更は単純な置き換えでは済まない。
寸法、納まり、下地、施工方法、防水性能、メンテナンス性など、さまざまな条件が連鎖的に変わる。そのため、たった一つの材料不足が、設計変更や工程遅延、追加コストへつながる。
こうした状況は、建築の考え方そのものを変え始めているように感じる。
これまでの建築は、「新しい材料を、安価に、大量に、安定供給できる」という前提で成立していた。しかし現在、その前提が少しずつ揺らいでいる。
だからこそ近年、既存建物の改修やコンバージョンが再評価されているのだと思う。これは単なる環境配慮ではなく、新規資材投入量を抑え、供給リスクを下げるという意味も大きい。
また、設備依存型建築の限界も見え始めている。現代建築は高度な設備機器によって快適性を維持しているが、それらは半導体や樹脂部品に強く依存している。供給停止時には修理や交換すら難しくなる可能性がある。
だからこそ、自然換気、通風、日射制御、庇、断熱、蓄熱など、「建築そのもの」で環境を調整する設計が改めて重要になっているように感じる。
ホルムズ海峡の問題は、一見すると遠い地政学的問題に見える。しかし実際には、日本の住宅一棟、断熱材一枚、雨どい一本、ユニットバス一台、シンナー缶一つにまでつながっている。
建築はローカルな行為でありながら、同時にグローバルな石油化学供給網の末端でもある。そして現在、その供給網そのものが揺らいでいる。その影響は、すでに現場レベルではかなり現実的な問題として現れ始めている。

















































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