建築主の責任と建築行政の役割-国民のための建築法を作ろう

神田 順

 7 地方自治に期待するこれからの社会

2000年に地方分権一括法ができ、建築行政は、地方自治によることとなり、地域性も生かされるべきものである。残念ながら、建築基準法など関連法規が全国一律で、その運用や解釈が住宅局に委ねられると、地域性は無視され、硬直的な規制となってしまう。

   「持続可能社会と地域創生のための建築基本法制定」を2020年に刊行して、富山県においてシンポジウムを開催した際に、県の職員からの指摘として、「自治体が何をすればよいかがわかりにくい」とされた。それに応えるつもりで、1.最低基準の位置づけ、2.地方分権の課題、3.民間確認制度の導入と課題、4.建築行政にもとめられるもの、5.建築職員にもとめられるもの、6.まちづくり条例について、7.土地がどのようにつかわれるか、8.都市計画マスタープラン、9.空き家対策、10.容積率拡大、11.災害リスク対応の項目建てをして「建築行政における自治体の役割」と題して冊子を作成した。

   章立ては、キーワードとなっており、それだけでも、国の法律以上に、自治体の役割の大きさが理解いただけるのではないかと思うが、建築行政が地方自治であることが法律で明文化されているということは、建築における自治体の権限の大きさが再認識できるわけで、建築基準法のもとであっても、さまざまな仕組みのなかで、建築にブレーキを掛けたり、アクセルを踏んだりできるということである。それを建築基本法においては、より明確化しようということになる。行政の実施は職員によるので、まさに職員の専門性の向上と、まちを良くする動機を職員がどれだけ持ちうるかということになるであろう。

   気候的な差異も、北は北海道から南は沖縄まで、実に大きい。都市を形成している地区と、山間部や海浜地区では、微気象の違いや自然素材の特性も異なる。地盤特性などは、極めて地域性の要素の大きいものである。もっとも広い敷地に小さな住宅を建設するとすれば、住み手が満足するのであれば、周辺にほとんど影響が及ばないというような極端な場合には、規制は一切不要かもしれない。それでもその広い敷地が永久に個人が独占できるとは限らない、その土地を一部占有するわけであるから、自治体として確認あるいは許可をすることは、社会的に必要であり、民主的になされなければいけない。

   いずれにしても、建築基準法のいわゆる最低基準が、1950年に定められた後、施行令・告示も含めて、追加・改正が繰り返されて現在に至っている膨大な規制となっているときに、全てが本当に必要か見直すとすると、個々の規制は、建築基準法でなく、自治体の条例の形で作りなおしていくことが現実的である。直ちに、全国でということは無理だとしても、どこかでそのような、真の建築自治を目指した、新しい取り組みが進められれば、市民による評価を受けることにもつながる。建築基準法施行令告示は、わが国で1つしかないので、良し悪しの比較もできない。自治体によって差ができると、設計する側からは、面倒ということはあるかもしれないが、建築の理念はかわらないとすると、本質的な抑制にはならないと考える。むしろ、規制の良し悪しが見えることにより、より良い規制に進化することが期待される。

   有限な土地を、建築主は、空間を占有するわけであるから、それに対する社会の承認という仕組みは、自治体による建築行政であるということを改めて確認する必要があるであろう。建築は、社会資産であり、たとえ個人住宅であっても、小さな社会としての人が住む空間であり、その人のみが生活する場とは限らない以上、社会的存在であって、建築する者も私有財産であっても社会的な責任を有する。その責任がどのようにすれば取れているかについての判断を自治体が委任されているということである。

   地方分権一括法以前の建築行政は、国の委任事務であった。しかし、自治事務に変わったというものの、建築確認は、建築基準法適合性を確認するもので、建築主事の責任であるとはいうものの、大半が民間の確認機関によって実施されるようになり、国の委任事務であったときよりも、さらに画一的運用になってしまっている。建築に関する知見も自治体には蓄積されず、表面的に事務を遂行することでしかないともいえる。建築に関する具体的な規制の多くを、自治体主導の条例で定めることにより、その地域性を建築に反映することが可能であり、それが、建築の質を高め、住民にとっての社会環境をより豊かにする。建築基本法により、実質的な建築を許可する権限を自治体がもち、その具体的な実践を市民の要求に応えたものにすることで、自治体の建築行政が、社会環境を改善することになると評価されるものになることを期待したい。そのためには、自治体としても優秀な職員を活用すべきである。コミュニティ・アーキテクトなど、建築の専門家として自治体の役割を担ってもらうことも制度設計を導入するとよい。まちの将来計画や再開発計画などについても、場合によっては市民からなるNPOなどが民主的な形でリードしていくことなども、現実的なスタイルとして考えられるのではないか。

   自治体の、専門性に立った行政的取り組みにより、建築によって構成される環境は、確実に快適なものとなり、安全なものとなり、美しいものになることが期待される。このことは、1998年の建築基準法改正に先立つ時点で、巽により主張された「行政建築家」という問題提起に一致する。そのような社会を私たちは作っていけると考える。その宣言に相当するものが建築基本法である。

   現在の建築確認制度は、全国一律の建築基準法の適合性を確認するもので、明らかに建築主の財産権を尊重することにより、建築しやすい制度となって、戦後の建築需要を喚起し経済成長を支えた。すでに人口に必要な床面積は十分に存在し、むしろ人口減少を意識するとなるべく建てない制度への転換が必要であり、これはまさに、自治体の大きな役割であることを社会が認識する必要がある。「建築革命」は過激な表現ではあるが、スクラップ・アンド・ビルドをあたり前の経済活動としてきた戦後を思うと、制度的にも国民の意識としても、建築革命が必要である。

   文字通り「建築革命」の声が五十嵐敬喜を中心とするグループから挙げられている。これは、2章で紹介した耐震偽装事件の後始末としての行政対応に異議を唱え、「偽装を越えて「安全」で「美しい」まちへ」との副題をつけ、建築確認を建築許可に、建築主を責任ある建築家に、と論じている。わが国は、建築基準法の適合性のみを確認することで建築が許可される仕組みになっているので、しょせんは、建築を建てるには、行政の許可が必要という意味では、許可制とも言えるのだ。問題は、全国一律の建築基準法適合ということだけで良いのかということである。「建築革命」の中では、「コミュニティが定めたルールに基づく規制」が必要と主張されている。(同書p.218)このことは、今まで、全国一律で効率的に建築するための建築基準法に基づく建築確認で行ってきたシステムを、コミュニティの制御下において、市民がなっとくのできる形で、美しく安全な建物を作るようにしようということである。まさに、そのような方向へ舵を切るための建築基本法を制定し、自治体が自らルールを定めて美しいまちを作ることが、自分たちの役割だと認識してほしい。もちろん、そのためには、市民の意識がそのようにならなくてはいけないので、建築の持つ社会性の側面を、国民が共有することが不可欠である。

   首長がそのような認識を持つことが必要であるし、そのような認識を持つ首長を選出する必要がある。市場原理優先と最低基準を公共の福祉の充足とする社会から、一日も早く、幸福追求権を基本にすえた建築制度の社会に変わらなくてはいけない。

参考文献

1)持続可能社会と地域創生のための建築基本法制定、建築基本法制定準備会編、A-Forum出版、2020年

2)耐震強度」とは何か、神田順、科学vol.76,4、2006年、pp.356-363

3)耐震偽装問題は建築基準法が原因!、インタビュー神田順、建築知識2006年5月号、pp.75-77

4)神田 順「安全な建物とは何か」技術評論社、2010年

5)神田 順「『イタリアン・セオリー』から考える我が国の建築構造基準」2016年8月、日本建築学会大会講演梗概集20011

6)1998年建築基準法改正に思う、神田順、鉄鋼技術1999年4月、pp.56-59

7)そもそもいかにあるべきか―建築の豊かさと法規制―、西一治、科学vol.74.9、2004   年、pp.1078-1082

8)建築の質の向上に関する検討報告書、日本建築学会、国土交通省平成20年度建築基準整備促進補助金事業、2009年3月

9)神田 順 「建築行政における自治体の役割」2024年9月

10)巽和夫「行政建築家の構想」1989年

11)五十嵐敬喜ほか 「建築革命」建築ジャーナル、2006年

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