宙地の間
地球環境時代のモデル建築
渡辺菊眞
はじめに
地球と地域 激しく揺らぐ基盤
私たちはとてつもない「不安な時代」を生きている。
不安の最大の要因は「地球」と「地域」である。
「地球」への不安とは、地球温暖化、気候変動への不安である。この間、世界中で数々の異常気象現象が引き起こされている。各地域でこれまでは起こることがなかった場所で大きな災害が発生し、多くの人命や資産が失われている。また、生物の生態環境の変化で農産物や水産物など食糧生産にも大きな影響が出始めている。
「地域」への不安とは、「地域」崩壊への不安である。世界中で多くの人々がどこにも故郷を見出せず、根無し草になりつつあるのではないか。とりわけ、世界に先駆けて減少社会へ突入した日本では,地方の過疎化は「限界集落」を超えて「消滅集落」の段階に突入しつつある。大都市は根無し草の坩堝であり、地域社会(コミュニティ)というものを見出すことさえ難しく、見出せたとしても、きわめて脆弱で希薄なものなってしまっている。
すなわち、世界中で私たちが生きていくために拠って立つ基盤が大きく揺らぎ失われつつあるのだ。
グローカル(地球−地域)建築へ
「地球」と「地域」に根をはって生きるための枠組みが必要なのではないか。そして、その枠組みを具現化する建築を設計しなければいけないのではないか。私は建築家として、そう思うようになった。秋田の角館、高知などで「地域」文化の消滅の危機に向き合い、海外のウガンダ、ヨルダン、タイでは「地域」と「地球」の問題に直面しながら、建築を実践し考えつづけてきた。
本書は、その問いに対するひとつの回答である。
めざすべき建築を「グローカル(地球–地域)建築」と呼ぼうと思う。
建築を成立させる基盤は太陽系の惑星・地球である。地球は地軸を傾けて自転しながら太陽の周りを公転する。この結果、地球上にはさまざまな気候帯が発生する。地球には緯度経度という球体分割グリッドがあるが、緯度が南北指標、経度が東西指標であり、緯度経度グリッドには必然的に東西南北の方位が備わる。このグリッドは、直交グリッドを前提とする均質な立体格子からなる「ユニバーサルシステム」とは全く異なる。「グローカル(地球-地域)建築」は、地球の緯度経度グリッドを基本座標とする。
地球温暖化に対しては化石燃料に依らない再生可能エネルギーへの転換が求められているが、第一に、建築システムとして自然を充分に活かして快適性を得る工夫、仕組みが必要である。太陽の熱と光、そして風を建築によってコントロールして快適性をうる仕組みがパッシブシステムである。この仕組みには予め太陽系の惑星である地球のシステムが織り込まれている。なぜなら、パッシブシステムは冬至や夏至の南中高度の違いに応答した断面計画で日射の遮蔽や取得を行うことを基本とするからである。
第二に、地域の建築についても太陽系の惑星である地球環境システムが大きく関わっている。地球のそれぞれの地域には、緯度経度による気候の差異があり、地表には多様な地形が刻まれ、様々な生物が生まれてきた。伝統的な地域空間の個性の根源は,太陽系の惑星地球がうむ気候の差異と地表地形の差異,そこで生きてきた生物圏の重ね合わせである。
「ここ」と「かなた」をつなぐ
地球上の唯一の場所として「ここhere」がある。地球に支えられた「ここ」が「地域」である。地球に支えられたさまざまな「地域」が「生きられる場=フィールド」となる。グローカル(地球-地域)建築は、パッシブシステムによって自然環境に適応し、地球上にある場=フィールドの読解にもとづいて設計される。それ故、グローカル(地球-地域)建築は、全体として地球環境システムに適応する建築となる。
しかし、それだけではない。
均質な立体格子の「ユニバーサルシステム」が「見えなく」してしまった極めて本質的なことがある。それは、日常を超えた何かを想うこと、「かなたbeyond」へ思いを馳せることである。私たちが家に住み、家を都市が包み、その都市を自然が支える、この総体が「地域」であるが、「地域」が「地域」として自律していくためには「かなた」が必要である。
自然景観を構成する山々や大海原、その果ての山の端、水平線に空が接する風景、自然景観のさらに向こう側 に「かなた」を想うことは、日常を基盤としながら次元を違えた質へと向かうことである。これは均質性を前提とする「ユニバーサルシステム」にはありえない。
大地に柱や石を打ち立てて、果てない空を大地にむすびつけることが建築の根源的役割である。この根源があるからこそ、自然景観の向こう側に次元の違う「かなた」を想うことができる。私たちは「ここ」と「かなた」が重なる場でないと生きてはいけない。このことは 20 世紀を代表する数々の哲学者や思想家が力説したことでもある。「かなた」があることで、「ここ」の輪郭が定まり、「ここ」を大切にして生きていくことができる。「ここ」しかないと思えば「ここ」も見えず、そのために「ここ」だけよければよいという、自己中心的な思考に陥り、自己主張のみの「ここ」同士の軋轢だけが加速する。近代が放り投げてしまったものが「かなた」への接続である。グローカル(地球-地域)建築は「かなた」への接続を奪還する。地球に支えられた「ここ」にいて、「かなた」へと接続する、それがグローカル(地球-地域)建築である。
めざしたいのは,均質な「ユニバーサルシステム」ではなく、地球の「ここ」と「かなた」をつなぐ「コスモス(宇宙)」である。
「宙地の間」―地球人のコスモスを建築するー
本書のタイトル「宙地の間」は、「そらちのま」と読む。私の自邸をそう名付けたが、読みは造語である。「宇宙」は、中国で古くから使われてきた概念である。空間と時間の総体を表す。宇(う)は「宀」であり、屋根である。すなわち、覆われた空間の広がりを示す。宙(ちゅう)とは、空(そら)にとどまっているもの、とぎれない時間を示す。「空中」「天」「虚空」という意味もある。「宇宙」から、屋根を取り去って「宙」とし、「宙」と「地」をつなぐ。地球人たる私たちにとってのコスモスは「宇宙」ではない。大地に足を踏みしめて限りない宙の下で生きること。それが「宙地の間」であり、私たちのコスモスである。「地球」という「母胎」に依拠しながら「地域」で自律的に生きられる「場」をどう創るかを強く問いたい。それをめざす「グローカル(地球-地域)建築」である。
本書ではその設計手法を具体例とともに示したい。
「Ⅰ.グローカル(地球-地域)建築」では、「グローカル(地球-地域)建築」とは何かを示すとともに、この建築を背後で支える思想について議論する。
「Ⅱ.環境に適応する パッシブシステムとフィールド」では、「グローカル(地球-地域)建築」の設計の基本原理となる、環境適応手法の二つの位相、すなわち、パッシブシステムの導入とフィールドの読解について解説する。そして、両手法の「かなた」を引き寄せることを可能にする「地球感受の空間」のあり方を示す。両手法は、「グローカル(地球-地域)建築」の要となる手法である。
「Ⅲ.グローカル(地球-地域)建築をめざして 建築作品とプロジェクト」では、筆者が手掛けた10の建築作品およびプロジェクトを5つのグループに分けて紹介する。ここで、「めざして」とあるのは、地球−地域建築は、いまだ発展途上であること、さらには、完成して固定されるものではなく常に更新されるべき建築であることを意図している。
「Ⅳ.グローカル(地球-地域)建築の設計手法」では、グローカル(地球−地域)建築の設計は二つの環境適応に「地球感受の空間」を重ねることを基盤にすることを段階的に示し、その「つりかた」や、風景化のあり方についても論じる。
「Ⅴ.グローカル(地球-地域)建築のコスモロジー」では、グローカル(地球-地域)建築が地球を基盤に据えたコスモロジーに支えられていることを確認するとともに、そのコスモロジーこそ、これからも地球人が地球に生き続けるために必要であることを示す。













































コメントを残す