SLAB

 SLABとは床板のことである。床板がなければ,2階以上の建物は使えない。基礎foundationは,大地の上に据えられるが,SLABは抜け落ちたりすることがある。

 カリフォルニアの南,サンディエゴの東にSLAB CITYと呼ばれる,SLABの瓦礫の上に建てられた街がある。

 

持続可能な地球をデザインせよ! 建築と都市の未来

持続可能な地球をデザインせよ! 建築と都市の未来

持続可能な地球をデザインせよ! | 柏書房株式会社

持続可能な地球をデザインせよ! 建築と都市の未来 – 布野修司  Studio Spiral Chronicle

序章 地球のデザイン

Earth Design

建築の起源は,外敵から身を守るための,また,日々変化する自然環境,雨露,寒暖を制御するための構築物(シェルター)すなわち住居である。

ヒト亜科Homininaeのヒト族Homininiに属するチンパンジー属Panの遺伝子DNA(デオキシリボ核酸)とヒト族Homoのホモ・サピエンスHomo sapiens(現生人類)のDNAはわずか1.0~1.2%しか違わない。染色体の数は人間が23対,チンパンジーが24対という違いがあり,どの部分を比較するかによって変わるが,いずれにしろ違いはごくわずかである。しかし,チンパンジーは一定の住居を造ることはない。樹上に寝るために樹木の枝や葉を使って巣を造るが,毎晩場所を変えて造り直す。洞窟など風雨を凌げる場所でも寝るし,基本的には自然を棲み処としてきた。

巣をつくる生物は,モグラ,ホリネズミなどの哺乳類の他,両生類,魚類,爬虫類,鳥類をはじめ,昆虫,蜘蛛,甲殻類など多数にのぼる。しかし,ホモ・サピエンス以外の生物の巣作りは遺伝子によってプログラム化されており,その経験をもとに新たな建築,空間形式を創り出すことはない。カラスやチンパンジーなどの高度な知性を持つ動物は学習によって巣作りの工夫をするし,ネアンデルタール人Homo neanderthalensisも洞窟を利用したり,簡単な建築物をつくったりするが,ピラミッドはつくれない。

建築する能力すなわち人工的に空間を創り出す能力は,ヒト科Hominidaeの進化の過程で,ホモ・サピエンスのみが獲得した能力である。建築する能力とは,意志を共有するための言語能力すなわちコミュニケーション能力,抽象化・概念化の能力,文字・図像による表現能力,すなわち,予め空間をイメージし,2次元の図面(絵,表象)として表現する設計能力,そして3次元の空間を創り出す設計建設能力である。

ホモ・サピエンスはおよそ30万年前に誕生すると,7万年前頃アフリカを出立し(出アフリカ),グレート・ジャーニーと呼ばれる移住を開始する(篠田謙一 2017,  2022)。移住していったのは採集狩猟によって食糧を獲得できる居住可能な地域エクメーネ Ökumene(ヒトの生物としての生存可能性と食物の入手可能性のある地域 A.v.フンボルト(1769~1859))である。移動して行ったそれぞれの地域の気候風土に適応した多様な住居そして集落を建設していった。北緯70~72度以北,南緯54~55度以南は基本的に寒冷のために居住に適さないアネクメーネAnökumeneであった。また,標高4,000mを超えると酸素濃度が薄く居住に適さない。標高は低くても,砂漠やツンドラ,ジャングルなどアネクメーネは各地に存在する。しかし,われわれホモ・サピエンスは,そうしたアネクメーネもエクメーネ化していった。今や,人跡未踏の地はないと思われるほど,地球上のありとあらゆる場所はエクメーネ化しつつある。

ホモ・サピエンスの歴史は,地球全体を人工環境化していく歴史である。

ホモ・サピエンスは,紀元前2500年には-現在なおその建設方法やプロセスに謎が少なくない, 2023年にもこれまで知られなかった空間が発見された-,高さ146.59m,底辺230m×230mの巨大なクフ王のピラミッドを建設する能力を有していた。そして今や,超高層建築を建設し,地上800mもの空中に居住する。それどころか,地球の上空約400kmを約90分で周回する国際宇宙ステーションに常時6人が居住する,そんな時代にわれわれは生きている。人工環境化の建築技術は,極寒猛暑の地のみならず,真空をも居住可能にするまでに至っているのである。

しかし一方,世界の総人口は80億人を超え(20202),貧困問題,食糧問題,エネルギー問題,資源問題などが顕在化し,地球の限界(プラネタリー・バウンダリー)が意識されつつある(大塚柳太郎 2015)。そして,実際,異常気象が頻発し,地球温暖化の問題が深刻化しつつある。46億年の地球の歴史に比すれば瞬時と言っていいホモ・サピエンスの活動が地球環境の全体に影響を及ぼすことは驚くべきことである。

地球環境そのものの限界,地球温暖化がフィードバック不可能な転換点にまで近づく危機には建築が大きく関わっている。COCO²排出量の約37%は,われわれの建築的営為(建設部門;輸送部門25%)によるとされる。

本書の基底にあるのは,建築に未来はあるか? そして,ホモ・サピエンスに未来はあるか?という極めて深刻な危機感である。そして,建築のより豊かな未来を展望したいという思いである。

1980年代初頭に,『戦後建築論ノート』(布野修司1981)という,日本の1960年代に支配的となった建築イデオロギーを批判する本を書いた。

1960年代の建築イデオロギーとは,無限に成長拡大をめざす,スクラップ・アンド・ビルド(建てては壊す)を前提とする建築理論,建築を耐久消費財とみなすイデオロギーである。その代表がメタボリズム・グループ(1960年に日本で開催された世界デザイン会議のために結成されたグループ。川添登・槇文彦・菊竹清訓・大高正人・黒川紀章など)の建築論であり,メタボリズムmetabolism(代謝)という言葉にその理念が象徴的に示されていた。

メタボリズムという概念自体が問題なのではない。メタボリズムは,生物の生存に不可欠な一連の化学反応である。食物をエネルギーに変換し,タンパク質,脂質,炭水化物の合成に必要な成分に変換すること,そして代謝廃棄物を排出することは,生物の生命維持にとって不可欠である。また,細胞は一定の周期で入れ替わる。胃の細胞は約5日周期,肌の細胞は約28周期,筋肉,肝臓,骨など含めて身体は約3ヶ月で新しく生まれ変わる。

しかし,建築のメタボリズム,すなわちスクラップ&ビルドは,生物の生命維持の循環システムのようなシステムを持たない。そして,建築を維持するための資源,エネルギーは無限ではない。

世界は,1970年代に2度のオイルショック(第次は第四次中東戦争を契機とする1973年,第2次はイラン革命を契機とする1979年)を経験する。日本では,東京オリンピック(1964)から大阪万国博Expo’70(1970)まで,高度経済成長を背景に華々しい建設活動が展開された1960年代に対して,1970年代は火の消えたように建設活動は停滞した。第次オイルショック直後には,実際,エネルギー節約のために東京銀座のネオンが消えたのである。1970年代の日本の建築界は,「黄金の60年代」に対して「暗黒の10年」であった。1970年代初頭に建築学科を卒業した世代の就職難は切実であった。そうした時代を肌で感じながら,1980年代以降の建築を展望したのが『戦後建築論ノート』である。

『戦後建築論ノート』を書いた時,建築をめぐるパラダイムは大きく転換するのは必然であると思われた。しかし,時代はそうは動かなかった。1980年代半ば以降にバブル建築の狂騒が再び起こるとは夢にも思わなかったことである。

阪神淡路大震災そしてオウム真理教の地下鉄サリン事件が起こった1995年に『戦後建築論ノート』を増補改訂する機会を得た。『戦後建築の終焉-世紀末建築論ノート』(布野修司 1995)と改題したのは,戦後まもなくの廃墟の光景と阪神淡路大震災後の倒壊した建築が折り重なる光景が重なるように思えたからである。戦後半世紀が経って振り出しに戻った!ひとつの時代が終わった!という感慨があった。時代の転換,そして世代交代が強く意識された。戦後建築を主導してきた前川國男が死去したのは1986年,その3ヶ月前に「東京都新都庁舎」の設計者に丹下健三が決まるが,そのライヴァルと目されてきた白井晟一は既に亡く(1983),戦後活躍してきた建築家たちが次々と鬼籍に入ったのが1980年代である。加えて,鉄とガラスとコンクリートを建築材料とする「戦後建築」が目指した方向が間違いだったのではないかという思いがあった。さらに,「戦後」が「戦前」に転換していく政治情勢の転換が強く意識された。

第二次世界大戦が終結して半世紀を経ても,「戦後Post War」という時代区分が活きているのは日本だけであると,キャロル・グラック(2007)『歴史で考える』はいう。ナチズムの「ホロコースト」,「ナガサキ」「ヒロシマ」の原爆投下が永久に記憶されるべきだとすれば,「永久平和」「核なき世界」を理念とする「戦後」という時代区分も永久維持されるべきである。

しかし,第二次世界大戦後も,大きくは「冷戦(コールド・ウォー)」という名の,また,中東戦争,ヴェトナム戦争,……など国境,権益をめぐる戦争は続けられてきた。ロシア連邦のウクライナ侵攻で核兵器が使われるようなことがあれば,「戦後」は,最終的に終焉することになるのかもしれない。しかし,核兵器は抑止力というかたちで存在し続けてきたのであって,「戦後」はいつ終焉しても不思議ではなかった。アメリカ合衆国にとっては「戦後」などはありえず,実際,第二次世界大戦後も戦争を続けてきたのである。ひとり日本のみは,日米安保体制によって,アメリカの核の傘のもとで,「戦後」という空間を維持してきたにすぎないということである。そして,日本も「戦後」レジームからの脱却を唱える内閣が出現し,新たな「戦前」を歩み始めてきて既に久しい。

時代を見通す眼が全くなかった不明を恥じるしかないが,しかし,『戦後建築の終焉―世紀末建築論ノート』を書いた段階では,パラダイム転換の必要は確信となっていた。最後に「地球のデザイン」と題して,次のように書いた。

「世界の枠組みが大きく変化する中で,新たな枠組みとなりつつあるのは「地球」という枠組みである。「戦後建築」が,あくまで「日本」というフレームを前提として展開されてきたのだとすれば,これからの建築の展開を枠づけるのは「世界」であり,「地球」であり,「宇宙」である。

「地球」という大きなフレームにおいて建築を考えることは,世界システムとしての建築を考えることである。・・・・・・

 部屋,住居,近隣住区,地域,都市,国土とスケールは様々であるにせよ,どのように空間を編成するのか,ということは,そもそも建築家や都市計画家のテーマである。それぞれのスケールで,部分と全体の論理が問われ続けてきた。そして,今,「地球」スケールで,グランドデザインが問われはじめたのである。・・・・・いずれにせよ,「日本」というフレームが失効したことは確認した方がいい。あらゆる建築的営為において,遺伝子として,「地球」のデザインというプログラムが組み込まれているかどうかが問われる,そんな時代が始まりつつあるのである。

「地球のデザイン」というけれど,地球そのものをデザインすることなどできるわけはない。

本書で問うのは,地球環境の限界を前提とした上で,住居,建築,近隣住区,地域社会,都市空間,国土,そして世界全体の空間デザインのあり方である。焦点を当てるのは1980年代末から現在に至る1990年代以降の建築のあり方,建築家の役割,その作品(実践)そして建築生産体制である。

『戦後建築論ノート』は,基本的に書かれた言説をもとにした建築論の読解であり,建築イデオロギー批判の書である。『建築雑誌』(1887~)『建築世界』(1907~1943)『国際建築』『朝鮮建築』『台湾建築』『新建築』(1926~)『建築文化』(1946~2003)といった建築雑誌に書かれた諸論考,記事を基にして,建築における戦前・戦後の連続・非連続を問い,戦後のゼロ地点において,建築家が目指したもの,その初心を確認するものであった。本書は,その帰趨を問い,さらに日本建築の未来を問うことになる。

日本建築の未来を問う本書の基本的な視点は,1980年代末から1990年代にかけての世界史的大転換の行方に向けられる。

冷戦構造の崩壊(ベルリンの壁崩壊 1989年11月,ソ連邦の崩壊1991年12月)によって,本格的にグローバリゼーションの時代が到来する。それとともに,建築家の活動もグローバルに拡大する。そして,世界中でICTInformation and Communication Technology革命が進行中である。インターネットを用いて複数のコンピュータ・ネットワークを相互接続した地球規模の情報通信網の形成が開始されるのは1980年代後半であり,インターネットを基にした世界初のWWW(World Wide Web)が初めて実装されたのは1990年末だ。さらに,地球温暖化の問題が国際的な課題として認識される気候変動に関する政府間パネルIPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change)が国際連合環境計画UNEPと世界気象機関WMOによって設けられたのが1988年である。そして,リオデジャネイロで「環境と開発に関する国連会議」(地球サミットCOP(締約国会議)1)が開催されたのは1992年である。

1990年代以降,ヘゲモニーを握ったのはアメリカ合衆国である。その世界随一の軍事力を背景に世界が主導されていく時代が開始されたと思われたが,そのヘゲモニーは, 21世紀に入って,9.11(2001)の同時多発テロ,イラク戦争(2003)によって揺らぎ始める。そして,リーマンショック(2008)が世界経済に深刻な打撃を与えた。その一方で,大きく抬頭してきたのが中国である。北京オリンピック(2008),上海エクスポExpo(2010)を成功させ,中国が国内総生産GDPで日本を抜いて世界第2位となったのは2010年である。そして,アメリカ合衆国にアメリカ・ファーストを唱えるD.ドナルド・トランプ政権が誕生すると(2017~2021),イギリスのブレグジットBrexitなど自国第一主義を唱える経済ナショナリズムが世界各地で顕著になる。また,民主主義(自由主義諸国)vs権威主義(中国,ロシア他)という新たな世界秩序の構図が鮮明に浮上してきた。そして,ロシア連邦のウクライナ侵攻が開始された(2022.02.24~)。第三次世界大戦を引き起こしかねないこの暴挙の背景には,プーチン大統領の,強大であったソビエト連邦時代さらにはロシア帝国再興の夢があるとされるが,インターネット,SNSが世界を瞬時に繋ぐ一方,複雑なサプライ・チェーンによる物資の輸送が世界各地の日々の生活に直結していることが改めて認識される。先立ってコロナCovid-19の世界中での蔓延がある。問われているのは世界資本主義の行方である。グローバリゼーションがもたらすものの限界が露わになり,新たな秩序が求められている,そうした中で,Make America Great Again(MAGA)を掲げるドナルド・トランプが第47代米国大統領に再選された(2025~29)。世界最大の軍事力を持ち,多民族の移民国家であり,民主主義のモデルとされてきたアメリカ合衆国が,自国第一しかも白人重視の差別的政策を打ち出し,不動産屋的経済取引(ディール),相互関税を第一原理とする保護主義政策を打ち出し,IPCCからの離脱も直ちに宣言した。2025年初頭以降の世界経済の大混乱の行方は誰にも予想できない状況にある。

本書では,第一に,1989年以降の世界史的大転換における日本の建築について振り返りたい。その歴史的総括をもとに考えたいのは,建築の「究極的」かつ「根源的」なあり方である。

地球環境の危機を認識する時,建築家はどのような建築を設計すればいいのか?個々の建築の設計以前に「地球のデザイン」が問題である。否,個々の建築の設計に「地球のデザイン」をどう含み込むかが大テーマとなる必要がある

とてつもない問いといってもいい。しかし,人類の生存のために建築家は日々の活動で解答しなければならない問いである。